第13話 12人のイかれた男女たち
「12人の幹部たち?」
その夜、帰る前に食事をといつもの中華料理屋に寄って、食事をしながら裕樹は言った。紗綾は酢豚をつつきながら答えた。
「ええ、そうよ。全裸道にはその総帥たる『露出卿』と、それの直弟子である12人の幹部がいると言われているの」
「言われている、って……」
「あくまで非合法だからね。公表できないのよ」
そう言って紗綾は両手を合わせて目を輝かせた。
「ああ、でも夢みたい。そのうち2人と直に話すことが出来たなんて」
はあ、と裕樹はため息をついた。聞かれると明らかにまず会話をしているが、しかし店内は他に客はいなかった。店主も全裸道関係者であるから問題ないのであった。
それにしてもであった。どうして全裸になった後、あんなに爽快感があったのだろう。裕樹は否定したかった。しかし、身体は、心は、それが心地よかったと告げているのである。
「にしてもよ、ほかの10人はどういう人なのかしら。気になるわ」
できれば会いたくないし一生関わりたくない、そう裕樹は思っていると、店主がやってきた。すっと小さな紙きれを渡した。
そこにはIDとPassが書かれていた。とあるweb会議システムのIDのようだった。
「これは……?」
「……『露出卿』からです」
店主はそうとだけ言った。紗綾は驚きに目を見開いた。
「『露出卿』って……!」
信じられぬという風に震えている彼女に対し、店主は二階への階段を指さした。
「パソコンを使っていい」
紗綾は席を立つと、ふらふらとそちらへ向かう。
「あ、待って」
裕樹もそれに続いた。いや、できれば逃げたかった。しかし、紗綾を一人で向かわせるのは、よくないと思ったのだ。
その予感は半分的中し、半分外れた。結局、すでに足を突っ込んでいる時点で負けであったのである。
***
紗綾は震える手でパソコンを起動した。そしてアプリを起動してIDとPassを入力する。
ピロリンという音とともに、回線が接続されたことが告げられた。
「ちょ、ちょっと待って、これって……」
紗綾は画面に映った名前を見て、声を上げた。
そこには紗綾自身を含め、12人のアイコンが並んでいる。問題なのはその下の名前である。『聖なる双子』『ゴディバ婦人』などなど……もちろん『太好棒』『巨人』そして『露出卿』もいる!
紗綾は興奮のあまり方で呼吸をする。ここにいるのは、全裸道の総帥と、12人の幹部たちである。
最初に発言したのは『露出卿』であった。
「今日集まってもらったのは他でもありません。痛ましいことを伝えなくてはならないのです」
それは優しい声であった。
「ああ、これが、『露出卿』の御声……」
紗綾は感涙を流す。露出卿は続けた。
「『裸形上人』と『酒呑童子』が逮捕されました」
一同のざわつく声がスピーカーから流れた。
「『裸形上人』は裸で滝行を実行しようとしたところを通報され、逮捕されました。最後まで非暴力を貫いた素晴らしい方でした。そして、『酒呑童子』ですが、彼は酔って公園で全裸になったところを逮捕されました。最後に『全裸で何が悪い』と叫んだそうですが、まさしく我々の心の叫びを体現しているではありませんか」
むせび泣く声がスピーカーから聞こえてくる。いや、これ、笑うところじゃないか。裕樹は思った。しかし隣を見ると紗綾も涙を流している。
だめだこりゃ。
「しかし悲しんでいるばかりではいけません。私たちは、新しい幹部を決めないといけないのです」
「そのまえにちょっといいでしょうか‥‥‥」
声を出したのは『ゴディバ婦人』であった。アイコンは全裸で馬にまたがっている写真であり、顔は(^^)という顔文字で隠されている。柔和な女性の声であった。
「なんでしょうか」
「酒呑童子は近畿地方北部の、裸形上人は近畿南部の要でいらっしゃいました。それが欠けるとなると、すっぽりと大穴が開くのではないでしょうか。それを埋めるような人事でなくてはいけないのでは」
「それはそうだ」「そのとおり」そう言う声がスピーカーから流れる。
「それはもっともなことです。酒呑童子は『京童』の、そして裸形上人は『南都六衆』の抑えとして、重要でした」
まったく何を話しているのか裕樹にはわからなかった。紗綾に解説を求める。
「京童は京都の露出集団、南都六衆は奈良の露出衆道団体よ」
衆道とはご存じん通りホモの道である。つまり露出ホモセックスをするらしい。そのなかでも衆道に秀でた6人がいるので南都六衆と呼ばれるらしい。ひどい話である。
「しかし、大阪にいる『肉柱』が、その役目を保管してくれると期待しています」
なんかまた怪しい言葉が出てきた。どこかに怒られそうな気がする。
「彼に任せるのですか!」
声を放ったのは『巨人』であった。
「そりゃないぜ、露出卿。奴は無駄に露出して逮捕のリスクを冒す。それでは関西は壊滅する」
「阿保言うなや!」
叫んだのは『肉柱』であった。
「そこまで言うんやたったらワシの『肉柱』を見せてやらなあかんな。今からビデオにするから待っとるんや。ええか、いくで、全裸の呼吸、一の型、極限露出――」
やめろ、間違いなくいろんなところから怒られる! と言った次の瞬間、ビデオ画面に切り替わるはずだった『肉柱』の画面が荒いモザイクになった。モザイク画面が市松模様に見えるのはきっと気のせいだろう。
「静まりなさい」露出卿は言った「すでに私は、2人の後継者を決めました」
さらに一同がざわついた。
「太好棒からの推薦です。若い二人をお迎えします」
そう言って、我々のアイコンが拡大する。いや、アイコンと言っても、ただのIDの頭文字であるが。
ええ、まさかと思うが、僕らでは……そう裕樹が思ったころにはもう遅かった。
紗綾がマイクに向かって話しかけていた。
「私どもをお招きいただき光栄です……わたしはい……いえ、裸御前です!」
裸御前ってなんだそりゃ、名乗るにももっと何かあるだろう、そう思った次の瞬間、彼女は言葉を続けていた。
「そしてこちらにいるのが‥‥‥そう、『裸王』です!」
裸王ってなんだ、裸王って、ふざけるなよ!
しかしそんな裕樹の叫びもむなしく会議は続く。
「この二人を新たに幹部にしようと思います」
露出卿は言った。
「いや、それは」「まだ何の実績もないのに」「そうだ」
そうだ、もっと言ってくれ。こんな会に関わるものか。裕樹は思った。
しかし露出卿の思惑は逆だった。
「若い人間をいれないと、どんな組織も腐敗します。若い力を受け入れて、今年夏の、第一回全裸道全国大会を成功に導こうではありませんか」
「卿がそういうなら」「露出卿ばんざい!」「言うことに従います」
声が響いた。いや、やめてくれ!
横では滂沱の涙を流している紗綾がいる。彼女はむせび泣いているのだ。
「ではこれで全会一致でいいかな。二人を新たな幹部とする」
「異議なし!」「決定に従います」
「これにて終了します」
そういって通話は途切れた。
裕樹は顔を真っ青にしていた。こともあろうに、全裸道の幹部などというものに指名されてしまったのである。
しかし、紗綾は違った。彼女は荒い呼吸をしている。
「や、やったわよ、私たちが、私たちが……」
彼女は振り向いた。
「『露出卿』に認められたのよ!」
彼女はそう言って裕樹に抱き着いた。しかし彼の眼は死んだままだった。
厄介ごとはたくさんだ! 裕樹は心から、そう叫びたい気持ちだったのである。