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ゼン・ラー  作者: 淡嶺雲
12/15

第12話 太好棒

 目の前の男は名乗った――太好棒、であると。

 そして、全裸道連盟の幹部であるとも名乗った。

「ああ、感激です」

 紗綾は感激に震えていた。

「高名なあなたに会えるなんて……」

「いやあ、お嬢ちゃんみたいな若い人も全裸道に興味を持ってくれているなんて嬉しいよ」

 太好棒はにやりと笑って言った。下半身は勃起したままである。

「しかし堂々としていらっしゃいますね。私なんて夜にこそこそとしか脱げません」

「ああ、お嬢ちゃんはもう露出しているんだね!」

「はい!」

「あの~」

 裕樹がおずおずと話しかけた。いや、話しかけたくはなかったが、どうしても気になることがあって仕方なかったのだ。

「どうしたのかね、少年?」

 太好棒は答えた。

「その、全裸道の規定に、裸体に欲情すべからず、と言うのがありましたよね」

「その通りだ」

「その、全裸で、その、アレをナニして、男漁りをしているのは、問題ないんですか」

「その点は心配ない!」太好棒は言った「おじさんはいい男に欲情するんだ。服を着ている着ていないは関係なく、常に欲情している。それに、おじさんの裸で欲情するのは、おじさんじゃなくて、相手だ。相手を欲情させてはいけないなんていうルールはないだろう!」

 ああ、頭痛がする、と裕樹は思った。紗綾は「確かに確かに」と頷いている。

「残念ながら少年、君はおじさんを興奮させるには少し若いね」

 残念でもなんでもなかった。むしろそれでよかった。

「それで、君たちも露出をしに来たのかい」

「そうなんです!」紗綾は言った「昨日も来たんですが、その、そこで盛っている男たちがいて……」

「そうだろうね。ここは夜は人目につきにくい穴場だから。おじさんも昔はそうだった」

 その今は違うといういい方はやめてくれ。いまも全裸で男漁りをしているじゃないか。

「でも釣った魚をその場で食べるのもいいが、家に持ち帰って調理するのもいい。露出卿(ザ・ロード)に出会って変わったんだ。おじさんは、ここでは露出と釣りに専念することにしたんだ」

 両方家でやってくれと思う。しかし紗綾は目を潤ませていた。

「すばらしいお考えです!」

「そうだろう、そうだろう、ワハハ」

 裕樹はうなだれた。ダメだこりゃ。

 その時茂みがごそごそと動いた。はっと3人はその方を振り向く。

 おなじく全裸の男が立っていた。

「ひっ」勇気は思わず声を上げる。

「よう、ブラザー、どうしたんだ」その男は言った。

「若者に全裸道の教えを説いていたんだ」太好棒は言った。

「やめとけやめとけ」男は言った「そいつは外道だ」

 たしかに全裸道は外道である。しかし全裸の男が言っても何の説得力もない。

「今日も『釣り』かい」太好棒は言った。

「そうだ」

 そういってその男は、自身の竿を川に向けて突き出した。それは太好棒のものより大きかった。

「びっくりしたかい? かれはここまでナニを大きくするのに、北米留学までしたんだ」

 なにが北米と巨根が関係あるのか分からない。

「かれはこのナニのため、『巨人(ザ・ジャイアント)』と呼ばれている。二つ名は、全裸道連盟幹部にだけ許された称号なんだ」

「おい、ブラザー、よしてくれ。あんたのナニも立派じゃないか、『太好棒』さんよ」

「君こそね」

 そして二人はわっはっはと笑いあった。

 目の前で2人も全裸道連盟幹部を見たのである。紗綾の感動は計り知れない。

 一方裕樹は別の心配をしていた。

 目の前で二人がおっぱじめるのではないかと心配になったのである。

 だが二人は肩を組みあって、下半身を川に向けたままだ。盛りあう気配はない。

「ええと、その」裕樹はおずおずと尋ねた「お二人でされたりは、ないんですか」

「するってなにをだい、少年」

「ええと、あれですよ……」

「ああ、それはない!」太好棒はいった。「我々は同志であってもそういう関係ではないんだ。君たち二人も仲いいだろうけど、セックスはしないんじゃないのかい?」

「その通りです!」紗綾は言った。そして裕樹の方を振り向いた「なんて失礼なことを言うのよ」

 いや、完全に失礼でセクハラなのはおっさんたちのほうだろう。

「はは、心配しなくてもよいよ」太好棒は言った「君たちは見込みがある。こんなに若くして、全裸の道を知ったわけだ。露出卿(ザ・ロード)は、若い力を渇望している。きっと、お声がかかることだろう」

 絶対に声を掛けられたくないと裕樹は思った。しかし紗綾は目をキラキラさせている。

「そ、そんな栄誉に与れるような身ではありません……しかし、もしその時が来れば」

「そうだ、きっと来るだろう。それまで露出に精進しなさい」

「はい!」

 紗綾はそう叫んだ。そしていてもたってもいられず、服を脱ぎ始めた。

「ちょ、ちょっと!」

 裕樹がとめようとする。しかし、紗綾はやめない。そしてすっぽんぽんになると、今度は逆に、裕樹を脱がし始めたのである。

「あなたも服を脱ぐのよ! 服を着ているのは失礼でしょう!」

 いや何が失礼なのかわからない。

「待てよ、僕は脱がないぞ」

「心配するな少年、じきになれる」太好棒が言った。

 裕樹は必死に抵抗したが、しかし、官憲から逃れるため必死に訓練をしていた紗綾にはかなわなかった。あっという間に、全裸にひん剥かれた。

 彼は裸体を3人の前に顕した。

「ああ、もうおムコにいけない……」

 裕樹は顔と股間を隠すようにうずくまった。

「心配しなくても脱いで無脱がなくてもあなたはモテないから心配いらないわ」

 紗綾はそう言った。そして嫌がる裕樹を急かして、川辺に立たせた。

「さあ、初めての露出はどうかしら」

 どうって、恥ずかしいだけだろ、そう思いながら、しかたなしに顔を上げる。

 ひゅう、とさわやかな風が吹き抜けた。風が肌を撫でる。

(あれ、なんだこれ……)

 裕樹は奇妙な感じを受けた。

(恥ずかしいはずなのに、なんで、こんなさわやかなんだ)

 空気は心地よかった。今までにない解放感が彼を包み込んでいた。そう、世界と一体化するというか、人類の生命としての原初と言うか、そう言ったものを感じるのである。

 気が付けば、恥ずかしいという心は薄らいでいた。

 彼は両手を広げた。体で風を受け止める。

(ああ、しばらくこうしていたい。こうしていると……ああ……)

「へーくしょん!」

 裕樹は突然くしゃみをする。それで我に返った。

「ああ、4月の風は初心者にはまだ寒いようだね」

 太好棒が言った。

「徐々に慣らしていくといい。これからは露出しやすい時期になる」

「……とりあえず服を着ます」

 裕樹は紗綾によって散らかされた制服を取り上げた。そして袖を通す。

 同じく隣では紗綾も服を着ている。やはり寒かったのだろう。

 服を着終わったとき、紗綾は裕樹に話しかけた。

「ねえ、どうだったかしら、露出は」

「ええと、その」裕樹は言いよどんだ「恥ずかしいだけだよ」

「本当に? なんだかいい顔していたわよ」

「見間違いじゃないのか」

「まあまあ少年、まずは自分に素直になることだ」

 見上げるとそこには太好棒がいた。彼もすでに服を着ていた。スーツ姿である。

「素直になって初めて、心も体も裸になることができるんだよ」

 そう言い残して太好棒は立ち去った。『巨人』も同じであった。

 あたりはすっかり闇に包まれていた。橋の明りが水面に反射していた。

「今日は帰りましょうか」

 紗綾は言った。裕樹も同意であった。

 帰り道二人はなにも話さなかった。しかし胸の中には、タイプの違った別の興奮が、いまだ冷めぬ熱を持って、居座っていたのであった。


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