第11話 河原での出会い
翌日の昼休み、裕樹は紗綾に屋上に呼び出されていた。
「困ったことになったわね」
紗綾が屋上のフェンスにもたれかかりながら言った。
「露出できる場所を探さなくてはならないわ」
「いや、これを機に露出なんてやめてしまうのがいいんじゃないのか」
「それを止めるなんてとんでもない! どうにかして方策を練るのよ。警察の巡回路から外れていて、そして人気のないところを探るの」
「なんでそんなことをしなくてはならないんだよ。というか、警察の巡回がなくて人気がないから奴らが盛っていたんじゃないのか」
「そりゃそうだけど……」紗綾はうーんと悩んだ後続けた「ねえ、もうちょっと早く行ってみない? 日が沈む前ならまだいないかも……」
「いやだよ!」
「なら他に案を出して?」
じーっと紗綾は裕樹を見つめる。
「んーん?」
「いいよわかったわかった!」
裕樹は耐えきれず目線をそらした。
「でも変なのいたらすぐに帰るよ!」
紗綾は、腕を組んでにやりと笑うと、うんうんと頷いた。
***
結論から言えば、昨日の男たちはいなかった。鼻息荒い喘ぎ声も聞こえてはこなかった。
「ほら、大丈夫そうじゃない。では早速……」
紗綾は荷物を置いて服を脱ごうとする。しかし裕樹はそれを制止した。
「ねえちょっと待って」
裕樹は川べりを指さす。
「あそこ、誰かいるんじゃない」
紗綾は目を凝らしてみた。夕日が赤く照らす川のほとり、逆光でよく見えないが、そこには誰かが立っているようなシルエットがあった。
「釣り……かしら」
紗綾は呟いた。恐る恐る正体を確かめようと忍び寄る。
「ちょっと、危ないよ」
「危ない人ならあんな堂々と立っているわけないわ。後学のためよ、釣りをしているなら、ここに人のいる時間について聞くのもよいかもしれないわ」
そう言ってゆっくりと歩み寄っていく。本当に怪しい人ではないのだろうか。裕樹はそう思いながら先に進んでいく。
そのときその人影がこちらに気づいたらしい。ゆっくりとこちらを振り向いた。
裕樹と紗綾はぎょっとした。そして凍り付いた。
夕日は男の姿を照らしていた――そう、生まれたままの姿である、その男を。
そして彼は釣りをしているのではなかった。彼は確かに流れに竿をさしている。しかしそれは竹やスチールでできた竿ではなかった。彼自身が、生まれ持った竿であったのだ!
それを堂々とそそり立たせて川に向けている。
男はにっこり微笑んで二人に言った。
「やあ、若いの、どうしたのかな」
鍛えられた肉体は夕日に照らされてブロンズ像の様に輝いている。白い歯が対照的である。
しばらく衝撃で口もきけなかった。
「どうしたのかい?」
先に口を開いたのは、紗綾であった。
「え、ええと、そこで何をしているんですか……」
「見ての通り、釣りだよ」
嘘をつけ! と裕樹は心の中で叫んだ。いまそこにあるのは竿ではなく肉棒ではないか。それに、垂らしているのは釣り糸ではなくガマン汁であろう!
「釣りって……何を釣っているんですか」
「男だよ」
ほらやっぱり! 昨日の男たちと同じじゃないか!
裕樹はそう思った。そして今すぐ逃げ出したかった。
しかし恐怖のあまり体が動かない。それは紗綾も同じであった。
「そんな釘付けになるとは、おじさんが、どうしてこんな姿で釣りをしているのか気になるのかな?」
気になる気にならないの問題ではない。早く逃げたい。
「もともとはおじさんは普通の格好で釣りをしていたんだよ。そしてよい男が近づいてくるとね、ナンパしていたんだ」
やはり男目当てか。
「するとあるときね、おじさんに話しかけてきた人がいたんだよ。『魚ではなく、男を釣りなさい。そのために正しい恰好がある』とね」
厄介なことを言ってくれたものだ。
「そして、その教えに従って、こうやって男を釣っているんだよ」
やはり変態である。
「ね、ねえ、はやく逃げた方がいいんじゃないかな」
裕樹は紗綾に小声で話しかける。紗綾がぷるぷると震えていたからだ。
かわいそうに、彼女は恐怖で動くこともできないのだ。
彼女の腕を引いて走ろう。
そう思って彼女に手を伸ばした、その時であった。
彼女は恐怖で震えているわけではなかった。呼吸が乱れていた。そして顔が紅潮している。決して夕日のせいではない。
彼女は興奮しているようなのだ。
紗綾は口を手で押さえながら言った。
「き、聞いたことある……」紗綾は言った「全裸道幹部に、全裸で釣りをする人がいると……」
「紗綾?!」
「ほう、きみたちは全裸道を知っているんだね」
紗綾はゆっくり頷いた。
「じゃあ、おじさんのことも聞いたことあると」
「そうです」紗綾は言った「聞いたことあります。露出卿自ら釣りをしているところを勧誘した弟子がいると……まさかあなたが……」
「そう、そうだ、おじさんがそれだ」
男はまたにんまりと笑って言うのだった。
「人呼んで『太好棒』、全裸同連盟幹部の一人だよ」