第10話 川の土手の下
「はい、これUSBメモリ」
翌日裕樹は部室に新しいUSBメモリを持ってきていた。彼が肛門に入れたオリジナルにかわって、中のデータを全て移し替えていたのである。
「どうも」紗綾はそれを受け取ってカバンにしまう。やはり機嫌は悪い。
「まだ怒っているの?」
「当たり前よ。あんなことされて、怒らないわけないじゃない。それより元の方は……」
「言われた通りちゃんと処分したよ」
彼はできるなら彼女の画像データをコピーしておくか、USBを手元に置いておきたかったが、万が一バレればなにをされるかわからない。そうであるから、裕樹は紗綾の言うとおりに、ハンマーでUSBメモリを粉砕して破壊したのである。
「ならよかった」
沙織はそう言って立ち上がった。そして壁のホワイトボードをばんと叩いた。
「さて、私たち全裸道部設立以来の危機を乗り越えたわけだけど、これからの活動方針を考えないと」
そしてホワイトボードに、活動方針、と書く。
「さて、丹波君、意見はある?」
「意見も何も、僕は全裸道の活動自体に反対だよ!」
「そう、露出をしたいのね」
「聞いてねぇ!」
そう言って紗綾は自分で板書をしていく。
「でも問題がある。いつもの公園は、もう目をつけられている。リスクが高くて使用できないわ」
「どこでもリスクが高いだろ」
「なので、別の場所を考えたの」
そう言って机の上に地図を広げた。
「私の持っているパトロールマップからすると、ここ、この少し北に行った川の土手の下がもっとも安全よ!」
「少し離れすぎていないか?」
「あら、自転車ならすぐよ」
駅から学校までは少し距離があるので、電車通学をしている学生の大半は自転車で通っている。二人もその例に漏れなかった。
「中央駅から2駅の距離だぞ。それに、川の両岸には病院と薬科大学がある。目立たないか?」
「大丈夫よ。ここで露出したっていう書き込みも〇ちゃんねるにあったし、安全よ」
それは露出スポットとして知れ渡っているということではないのだろうか、そうすると警察もそれを感知しているのではなかろうかと、裕樹は思った。
「本当に……?」
「ええ、私を信じなさい。この河原で真の露出を教えてあげるわ。さあ、早速行くわよ!」
「行くって……?」
「あなた話聞いていた? いまから河原に行って露出に適しているか実地検証するのよ!」
「ええ、でも……」
「黄昏になろうとするいまこそチャンス! あわよくば露出の実地を来るの! さあ、出発よ」
そう言って紗綾はドアを開けて部屋を飛び出した。裕樹もしかたなく、それに津k従わざるを得なかったのである。
***
あたりはすっかり暗くなっており、空は赤から濃い藍色に変わっていた。川に架かる橋の上ではライトをつけた車が行き交い、鉄橋を新幹線が通過していった。しかし橋の下や土手の下は闇が覆っている。
「うん、丁度いいところだわ」
紗綾は河原に出ると言った。安全のため手には懐中電灯を持っている。葦などが丁度良く繁っており、もしもの時は姿を隠してくれそうなのである。
「じゃあここを次の活動拠点にしましょう」
「本当にこんなところでするの……? 橋の上からは丸見えじゃ」
「だから夕方や夜にするのよ。そうすればバレないし、ばれても距離があるから誰だかなんてわからないわ。さて、露出にふさわしい場所は……」
そう言って紗綾が見回したとき、目の前の茂みが動いた。
「ね、ねえちょっと」紗綾が言った「何かいるわ」
「タヌキか何かじゃないの」
そう言いながら近づいていく。
そして近づくにつれ、荒い息遣いが聞こえてきたのだ。それも一人ではない。
「ね、ねえちょっとあれって……」
紗綾は血の気が引いた。思わず懐中電灯を落としそうになった。
裕樹も唖然としている。それ以上近づきたくはなかった。
そう、暗がりで十分には見えない。しかしその輪郭はわかった。
二人の男が、おそらくは全裸で、まぐわっていたのである。
「なあ、あそこにだれかいるぜ」「いいよ、見せつけてやろうぜ」
などと言った声が荒い息や喘ぎ声の合間に聞こえてくるのだからもうたまらない。二人は悲鳴を上げてその場を走り去った。
堤防の上の道路に駐輪していた自転車まで戻った紗綾は息を切らせながら言った。
「何よあれ、あんなの聞いていない!」
裕樹の息も上がっている。
「これはどう考えてもダメだろ、この場所は。投稿していたのって、あいつらじゃないのか」
「くそっ、なんでみんなふしだらなのかしら。せっかくの警察のいないスポットにああいう手合いの奴が出るなんて!」
「いや君も人のこと言えない気がするけどね、脱ぐという意味では……」
「少なくとも私たちは健全よ……とにかく、別の策を考えましょう。脱げる場所を他に探さないと」
そう言いながら二人は川の土手を後にした。あたりは完全に夜となり、星の光が空にまたたくのであった。