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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

消えていく私達

作者: もちゃり

「おはよーみんな」

「おはよー!」

「おーす!」

「おはよう!」

「はよー!」


 普段の何気ない学校での朝。

 遅れて教室に入った私はクラスの皆に挨拶する。

 すると皆が挨拶を返してくれる。

 何気ないいつもの風景。でも、それが今は安心出来てしまう。

 だけど、教室の辺りを見ると二つの空席に目が留まった。


「あれ? 高木君と早瀬さんは?」


 空席の主である二人のことを尋ねると、クラスの数人が悲しそうに首を振る。

 

「そっか。二人もか......」


 早瀬さんたち二人だけじゃない。

 私達の教室では何席もの空席が目立っている。

 でも、私達は相変わらず授業を受けて、いつもの学校生活を送っている。

 

 それはもしかしたら、ただ逃避しているのかもしれない。

 私達の世界は確実に崩壊へと歩んでいるのだから。




 それはある日のことだった。

 世界中の人々が行方不明になったというニュースが報じられた。

 それを見た大体の人が事件か事故に巻き込まれたんだろうと軽く思っていた。

 別に大体の人が薄情という訳ではないと思う。

 その人たちは言わば他人だから。

 だから可哀想という一時の感情は有るけれど、結局それは短絡的なもので、時間が経てば忘れている。

 人はそういう生き物でもあるのだから。

 

 自分には関係のないこと。

 私達は誰しもがそう思っていた。

 だけど、それは間違いだったことを後に知ることになる。

 

 家族が消えた。

 友人が消えた。

 隣人が消えた。

 日増しにそんなニュースが多くなる。


 世界中の人々――ううん、正しくは人だけじゃなくて、世界中の生命(いのち)が消えていっている。

 色んな国の沢山の学者や国の偉い人達が対策を練っていたけど、結局は確たる解決策なんか見付からなかった。


 地球にいる生命は忽然と消えていく――私達に突きつけられた現実は、ただそれだけだった。


 それは私達の周囲も同じことで――私の親友だった友梨も半年前に消えてしまった。

 消える時には何の(しら)せも音沙汰(おとさた)もなしに、まるで霧になるかの様に消えてしまう。


 一体、なんでこんなことになったんだろう......。


 それは、いつからかは分からない。経緯さえも分からない。

 偶然だったのかもしれない。必然だったのかもしれない。

 自然的かもしれない。人為的かもしれない。

 結局は言えるとしたら、私たち人類には()()()()()



 そんな人類が出した答えは――普段と変わらない日常を過ごすことだった。

 それは解決策が出せなかった人類の()()だったかもしれない。

 でも私たち人類は、自分の存在が消えてしまう、その時まで懸命に生きていくことにしたのだ。


 いつ消えるかも分からない。怯えるしかない毎日――それなら私達は普段と変わらない日常を過ごしていく。それが私たちに課せられた運命への(ささや)かな抵抗だったのかもしれない。



 

「じゃあねーまた明日ー!」

「おーう、また明日なー! ヒロ、今からクットで飯食いに行こうぜ?」

「おっ、良いね! あっ、じゃあな皆、また明日!」

「コラー! 学校からはまっすぐ帰りなさいよ! あっ、また明日ね!」

「うん、また明日!」


 放課後、帰宅する私達は決まった言葉を最後に述べる。

 「また明日」

 それが生きている私達の合言葉。

 こう言っておけば、明日もまた学校で会えると信じて――私達がこの世界に存在出来ると信じる大切な言葉。

 だから、私達は明日も学校に行く。それが私達がこの世界に生きている証明になるのだから。



――――――――――



「――電車をご利用いただきまして、誠にありがとうございます。お客様にお知らせ致します。当列車は運転士の不足により運行列車削減の為、最終での運行は23時半に変更とさせて頂きます。何卒、ご理解の程を宜しくお願い致します。繰り返します――」


 駅から流れる終電時間を(しら)せるアナウンス。

 一分、二分、三分、日に日に終電の時間が早くなっている。

 そして今日で合わせると約二十分も早くなってしまった......。


 でも、駅で列車を待つ私達は変わらない態度でアナウンスを聞いている。

 いつかは列車が来なくなってしまう、その時が来るまでは......。




 ガタタンコトトン


 いつもと変わらないレールの上を走る列車。

 そして変わらず帰りの電車に乗る私。

 本当なら沢山の人で(あふ)れていたはずの車内。


 でも、今では殆ど人は乗っていない。

 窓から見える景色だけは変わらない。

 窓から見える景色に映る人々は普段と変わらない生活を送っている。


「こんにちは」

「え? あっ......」

 

 いつの間に居たんだろう。

 私の席の隣りには制服を着た女の子が座っていた。

 私の学校とは違った制服を着ている女の子。


「こ、こんにちは」

「ふふっ、どうしたの? ちょっとボーっとしてたよ?」

「ごめん。ちょっと考え事してたかも」

「そっか.......。ねえ?」

「?」

「また、会えたね......」

「うん、そうだね......」

 

 お互いの無事に安堵する私達。

 私達は本来なら、こんな風に話すことも無かったのかもしれない。


 彼女と話し始めたのは一ヶ月前、帰りの電車での事だった。

 私はいつもの様に列車の席に座って窓を見ていた。

 窓から見えるのは何も変わらない景色。全てが嘘の様な見慣れた風景。

 親しい人達、周囲の人達が消えていく――気持ちの焦りと苛立ちが混ざり合い、私の心は日々、恐怖に(まみ)れていた。

 そんな時だった、彼女の方から話しかけてきたのは。

 

 私も彼女のことは帰りの列車で幾度かは見ていた。

 ただそれだけ。

 いつもの同じ列車に乗る人――その程度の認識だった。彼女にとっても私はそんな程度の認識だったらしい。


 だからこうして話している私達の関係は、この騒ぎがなければ無かった気もする。

 それが少しだけ不思議な気がする。


「ねえ」

「ん? どうしたの?」

「今度の休みさ、どこか遊びに行かない?」

「え?」

 

 流石に突然すぎたかな?

 まだ数回しか話したことしかないのに......。

 でも、ここで言わなければ後悔すると感じた。

 断られたなら仕方ない。変な子だと思われても仕方ない。

 それでも誘いたかった。この世界に共に生きている人として、一緒に楽しい思い出を作りたい。

 それは私の我が儘だけど、こうして話せたのも何かの縁。


 だから――


「ダメかな?」

「ううん! 行きたい! 行こうよ! 良かったらさ、前から気になるお店があったんだ。駅からも近いし、そこに行ってみない?」

「本当!? 嬉しい! あっ、連絡先交換して良い?」

「勿論! ちょっと待ってて、今バックからスマホ取るから」

「うん!」

 

 あっ、そうだ。

 もう一つ彼女に聞かなくちゃいけないことがあったのを思い出した。

 それは彼女の――名前。

 最初は仲良くなるのが怖くて......お互いに、いつか消えた時の悲しみが生まれるのが怖くて――聞けなかった名前。

 だけど今は聞けると思う。私の新しい友達の名前を。

 

「ねえ、あなたの名前を――えっ......」


 私は目を見開いて固まってしまった。

 ほんの数秒、目を離したのはほんの少しのはずだった。

 少しのはずだったのに、私の隣りに居た彼女はもう居ない。


 私は開こうとしていた口を閉じて、次に開いた時には別れの言葉を告げていた。


「さようなら――」

 

 ガタタンコトトン


 レールの上を列車が走っている。

 列車が揺られるたびに私の目からは涙が流れていた。


――――――――――


 電車を降りて家路への道。

 通りの商店街はかつては活気に満ち溢れていたのに、今では人も(まば)らな状態。

 お気に入りの本屋さんも、クレープ屋さんも、店は開いているけれど、既に人の気配は無い。


 閑散(かんさん)とした商店街。

 それでも商店街の人達は笑顔でいる。

 自分達の日常を壊さない為にも、それが偽りの笑顔と言われても、皆は笑い合っている。


 商店街を歩いている中、一件の店に足が止まった。

 そこは近所の叔父さん夫婦が営んでいた小さな喫茶店。

 朝の通学時、叔父さん達が夫婦仲良く喫茶店の開店準備をしているのを店の窓から良く見ていた。

 叔父さん達は、私を見付けると笑顔で手を振ってくれて、私もまたそれに応えて手を振り返していたのが懐かしく感じてしまう。

 

 だけど――それもまた過去の事。

 

 「準備中」

 喫茶店の扉に置かれたプレートはもう二度と裏返ることは無い。

 私は無意識に扉のノブを握ろうとしていた手を慌てて離してしまった。

 あの優しかった叔父さんも叔母さんも、もう居ない。

 朝の何気ない日常は無くなってしまった。


「ねえ、お母さんー。今日のご飯はなにー?」

「んー? そうねえー。じゃあ、たっくんの好きなハンバーグにしよっか?」

「わー! やったー!」


 赤い風船を持った男の子がお母さんに手を引かれて歩いて来る。

 二人とも仲間睦まじくて微笑ましい。


 二人の様子を見た私は、ほんの少しだけ笑顔になる。

 私の横を二人が通り過ぎて行く。



「きゃあああああああ!」


 後ろで女性の絶叫が聞こえ、驚いてすぐ後ろを振り返る。

 振り返った瞬間に見えたのは赤い景色――風船が私の頭上に舞い上がっていく。


 ふわふわと浮かぶ風船は、どこまでも空へと向かっていき、いつかは見えなくなった。


 視線を戻すと、さっき通り過ぎた女性が地面にへたりこんで震えている。

 さっきまで仲良く手を繋いでいた子供――あの愛らしい笑顔の男の子の姿はどこにもない。

 

「嘘......嘘......なんで、嘘......いや、嫌よ! 何で!? 何で消えたの!? たくみ! たくみぃっ! いやああああああああああ!」


 商店街に再び絶叫が木霊する。

 優しそうな顔をした母親が取り乱し、半狂乱で消えた子供の名前を叫んでいる。


 私は、その光景を呆然と眺めているしかなかった。

 私だけじゃない、数人ほどが同じ様に呆然とその姿を眺めている。


 そんな中、勇気と優しさを併せ持つ人たちは彼女のもとに駆け寄って行く。

 本当なら私も同じ様に駆け寄って声を掛けてあげたい。

 でも、駆け寄っても何て言葉を掛ければ良いのかは分からない。

 

 段々と()(たま)れない気持ちになった私は、早足で商店街の出口へと向かう。

 出口へと向かう私の後ろからは未だに女性の悲鳴が耳に届く。

 耐えられない――今は全ての事が聞きたくない。そう思った瞬間、私は全てを遮るように耳を塞いでしまった。


 

 商店街を抜け家へと向かう途中、視線を少しだけ上に向けると赤い夕日が目に飛び込んでくる。

 赤く照らし出す夕日はいつもと変わらない。

 でも、私達の世界は近いうちに終りを迎える。

 それでも夕日は変わらないと思う......。それが何だか悔しくて、悲しく感じてしまう。




「ただいま」

 

 玄関の扉を開けて帰宅の挨拶をする。

 挨拶をしても返事は帰ってこないのは分かっている。

 それでも私は変わらずに挨拶をする。

 お父さんも、お母さんも、弟の裕二も、既にこの世界には居ない。

 一ヶ月前までは一緒に食卓で笑い合っていたのに、今ではもう私だけ。


「今日の晩ご飯は......レトルトカレーにしておこうかな?」


 正直に言うと今日はもう食欲が無い。

 だけど、私は生きている。

 生きているからには何かを食べていかなければいけない。

 だから、無理をしてでも何かを胃に入れていく。


 それが私が生きている証明にもなる。

 家族が居なくなった私は、そう決意したのだから。




「明日の準備は――うん問題無し、そろそろ寝ようかな」

 

 お風呂も入って明日の用意を準備した私は早めに寝ることにした。

 窓を見るとチラホラと家々の明かりが見える。

 その変わらない明かりが、私にとっては他にも人が居るんだという喜びと安心感をもたらしてくれる。


 それでも――


「いつかは......私も消えて無くなるのかな?」


 その時はどうなるんだろう?

 怖い......。

 覚悟はしなければいけないとは思う。

 分かってはいる。

 でも......その時のことが来てしまったらと思うと、体の震えが止まらない。

 

 出来ることなら痛みがないように、眠ったまま何も無かったかのように消えてしまいたい。


 だけど――

 もし許されるなら――


「明日も......学校に行けますように」


 私は、明日の私が居るように――明日もまた起きれることを願って、ゆっくりと眠りに落ちていくのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 描写が上手く人が次々と消えて行く恐怖が伝わってきました。 こんな事が現実に起こったら恐いですよね。 主人公の女の子は消え去る恐怖に怯え、明日も学校に行ける事を願いそれを心の支えにしてい…
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