下手人の手口
「みっともなかったですね」
「対応を間違えたから、仕方ない。あのままいたら、塩でもまかれていただろう。彼女には、申し訳ないことをした」
「……しかし、これでよりはっきりしましたね。犯行の手口が」
枸橘が自信に満ちた口調で言った。
「感心するくらい単純です」
「ああ。単純だが、それが故にばれにくい。うちが首をつっこまなかったら、気づかれなかったかもな」
天霧の力ないつぶやきに反応して、勘の良い枸橘が立ち止まった。
「しかし、気づいてしまったからには暴かれるのでしょう?」
「無論だ」
天霧はきっぱりと言い放つ。枸橘と紫苑は、黙ってうなずいた。
一行は歩き続ける。通りのどこかで、犬が悲しげな声で鳴き始めた。
☆☆☆
全ての準備が整ったと報告があったのは、戌の刻になってからだった。
天霧は、事件の関係者たちを船の上に集めた。遊女だけは馬鹿馬鹿しいと言ってこなかったが、それは仕方がない。
急遽用意したので、軍船ではなく宴会用の屋形船での謎解きとなる。誰もが、なぜこんなところに呼ばれたのだろうと首をひねっていた。
「集まってもらい感謝する」
全員が乗り込んだのを確認すると、天霧は船長に合図を出す。それを聞いた船はゆっくり岸を離れはじめた。
「おい、どこへ連れていくつもりだ」
身を乗り出した流真から、抗議の声があがる。しかし、天霧は屈しなかった。
「申し訳ない。どうしても、事件解決のために必要なので」
口先で謝り、戸惑う一同の怒りをなだめているうちに、沖合で船が止まった。四半刻ほど進んだため、港の灯りがかなり小さくなっている。風に乗って、海特有の塩臭い臭いがした。
準備は整った。天霧は腰に手をあて、話し出す。
「雇い主であった余暉が死亡し大変な状況であると思う。しかしその迷いも今晩まで。使用された手法の全てが解明された」
素人の演説なので、少々固い。それでも、その一言がもたらした衝撃は大きかった。
「本当かよ。嘘だったらしばくぞ」
「やっぱり、毒だったんですか」
尋唯と泰楊が、天霧につめ寄ろうとする。それを手で制してから、天霧はしゃべり始めた。
「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」
「答えになってないぞ」
流真が歯をむき出しにする。しかし怖くはない。天霧はすでに、語るべき言葉を持っていた。
「なぜなら──彼は薬の摂りすぎで死んだからだ」
「は?」
言われたことが理解できなかったのか、流真が目を白黒させる。
「正確に言えば、余暉が服用していた生薬のひとつ……甘草というものが命取りになった」
「しかし、それはとてもよく使われる薬ですよね。入っていない処方のほうが少ないのでは……」
紫苑が発言する。天霧はうなずき、彼に向かって手をたたいた。
「よく勉強している、その通りだ。適量を守って使えばこれ以上便利なものはない──守れば、な」
天霧は重々しく言った。
「この成分を過剰に摂取した場合、血管への負担が増加し、手のしびれや吐き気が出現する。彼の遺体から血液を採取したところ、体内で水分の調節に関与する物質が異様に増えていた。甘草が、その分解を邪魔する結果だ」
忘れがちだが、体は常にあらゆる物質の生成と分解を繰り返している。その一つが止まれば全身に影響が出ることもあるのだ。
「過去に中毒例がいくつか報告されている。犯人はそれが起こるのを期待して、毒になる成分を過剰に飲ませたんだ」
「最悪死ぬだろう、という思いをこめてということですか」
枸橘が問う。天霧はうなずいた。
「そう、これは可能性の殺人だ。もちろん、成功率を上げるための工夫はしているが」
ここで天霧は、調合師の伊吹を振り返った。
「そうだろう? 伊吹さん」
一瞬、時が止まったように静かになった後──船内がざわついた。当の本人だけが顔を真っ赤にして、両足をつっぱり屈辱に耐えている。
「そんなはずありません!」
先に悲鳴をあげたのは、春朝だった。
「彼が調合したからって、それだけで犯人扱いなんて。きっと途中ですりかえられて──」
「しかし、この犯罪は知識があって、なおかつ薬に近づける人間でなければできない。関係者はほとんどが薬を触れる立場になかった。護衛の流真なら近づけただろうが、彼は薬については素人だ」
「でも」
春朝はそう言って唇をかんだ。なんでもいいから言い返したいが、言葉が出ていない様子だ。
「……信じられない。あんたが犯人だとはな」
尋唯がすっかり肩を落として言う。日頃の元気も、さすがにこの状況ではなりを潜めていた。
「ち、違う。みんな、分かってないんだ」
ここでようやく、伊吹が言葉を取り戻した。春朝の肩を優しく叩いてから、天霧をにらみつける。
「確かに、甘草はとりすぎると心臓に負担がかかる。そのくらい、さすがに僕だって知ってるよ。でも、忘れてないか? 余暉さまにさしあげた薬は、他の人も同じものを飲んでるんだ」
伊吹はそこで、天霧に向かって指をつき出した。
「薬はまとめて作ったんだ。ここ数日は薬瓶に触ってすらいない。船員だって、春朝さんだって同じものを飲んでる。僕が悪意をもって処方をいじったのなら、他の人にも症状が出てるはずだ」
「確かにあんたは薬をいじったが、大量にはやらなかったということだ。そこは頭がいい」
ここで初めて、天霧は声に少しドスをきかせた。伊吹が低くうなり、天霧を指していた手をひっこめる。
「人をやって、残っていた薬を調べさせた。刻んではあったが、茎や葉を細かくより分けてみると、甘草が通常の五割増しくらいになっていたというぞ」
「そ、それは……」
「さて、薬は準備できた。しかしこれ以上いじれない。殺すには、他のもので甘草ををとらせる必要がある。余暉以外の人が口にしない何かで」
天霧はたたみかける。その言葉を聞いた伊吹の額に、大きな皺がよった。