表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/52

下手人の手口

「みっともなかったですね」

「対応を間違えたから、仕方ない。あのままいたら、塩でもまかれていただろう。彼女には、申し訳ないことをした」

「……しかし、これでよりはっきりしましたね。犯行の手口が」


 枸橘が自信に満ちた口調で言った。


「感心するくらい単純です」

「ああ。単純だが、それが故にばれにくい。うちが首をつっこまなかったら、気づかれなかったかもな」


 天霧あまぎりの力ないつぶやきに反応して、勘の良い枸橘からたちが立ち止まった。


「しかし、気づいてしまったからには暴かれるのでしょう?」

「無論だ」


 天霧はきっぱりと言い放つ。枸橘と紫苑しおんは、黙ってうなずいた。


 一行は歩き続ける。通りのどこかで、犬が悲しげな声で鳴き始めた。



 ☆☆☆



 全ての準備が整ったと報告があったのは、戌の刻になってからだった。


 天霧は、事件の関係者たちを船の上に集めた。遊女だけは馬鹿馬鹿しいと言ってこなかったが、それは仕方がない。


 急遽用意したので、軍船ではなく宴会用の屋形船での謎解きとなる。誰もが、なぜこんなところに呼ばれたのだろうと首をひねっていた。


「集まってもらい感謝する」


 全員が乗り込んだのを確認すると、天霧は船長に合図を出す。それを聞いた船はゆっくり岸を離れはじめた。


「おい、どこへ連れていくつもりだ」


 身を乗り出した流真から、抗議の声があがる。しかし、天霧は屈しなかった。


「申し訳ない。どうしても、事件解決のために必要なので」


 口先で謝り、戸惑う一同の怒りをなだめているうちに、沖合で船が止まった。四半刻ほど進んだため、港の灯りがかなり小さくなっている。風に乗って、海特有の塩臭い臭いがした。


 準備は整った。天霧は腰に手をあて、話し出す。


「雇い主であった余暉ヨキが死亡し大変な状況であると思う。しかしその迷いも今晩まで。使用された手法の全てが解明された」


 素人の演説なので、少々固い。それでも、その一言がもたらした衝撃は大きかった。


「本当かよ。嘘だったらしばくぞ」

「やっぱり、毒だったんですか」


 尋唯ジンユイ泰楊タイヤンが、天霧につめ寄ろうとする。それを手で制してから、天霧はしゃべり始めた。


「そうであるとも言えるし、そうでないとも言える」

「答えになってないぞ」


 流真リュウシンが歯をむき出しにする。しかし怖くはない。天霧はすでに、語るべき言葉を持っていた。


「なぜなら──彼は薬の摂りすぎで死んだからだ」

「は?」


 言われたことが理解できなかったのか、流真が目を白黒させる。


「正確に言えば、余暉が服用していた生薬のひとつ……甘草かんぞうというものが命取りになった」

「しかし、それはとてもよく使われる薬ですよね。入っていない処方のほうが少ないのでは……」


 紫苑が発言する。天霧はうなずき、彼に向かって手をたたいた。


「よく勉強している、その通りだ。適量を守って使えばこれ以上便利なものはない──守れば、な」


 天霧は重々しく言った。


「この成分を過剰に摂取した場合、血管への負担が増加し、手のしびれや吐き気が出現する。彼の遺体から血液を採取したところ、体内で水分の調節に関与する物質が異様に増えていた。甘草が、その分解を邪魔する結果だ」


 忘れがちだが、体は常にあらゆる物質の生成と分解を繰り返している。その一つが止まれば全身に影響が出ることもあるのだ。


「過去に中毒例がいくつか報告されている。犯人はそれが起こるのを期待して、毒になる成分を過剰に飲ませたんだ」

「最悪死ぬだろう、という思いをこめてということですか」


 枸橘が問う。天霧はうなずいた。


「そう、これは可能性の殺人だ。もちろん、成功率を上げるための工夫はしているが」


 ここで天霧は、調合師の伊吹イブキを振り返った。


「そうだろう? 伊吹さん」


 一瞬、時が止まったように静かになった後──船内がざわついた。当の本人だけが顔を真っ赤にして、両足をつっぱり屈辱に耐えている。


「そんなはずありません!」


 先に悲鳴をあげたのは、春朝しゅんちょうだった。


「彼が調合したからって、それだけで犯人扱いなんて。きっと途中ですりかえられて──」

「しかし、この犯罪は知識があって、なおかつ薬に近づける人間でなければできない。関係者はほとんどが薬を触れる立場になかった。護衛の流真なら近づけただろうが、彼は薬については素人だ」

「でも」


 春朝はそう言って唇をかんだ。なんでもいいから言い返したいが、言葉が出ていない様子だ。


「……信じられない。あんたが犯人だとはな」


 尋唯ジンユイがすっかり肩を落として言う。日頃の元気も、さすがにこの状況ではなりを潜めていた。


「ち、違う。みんな、分かってないんだ」


 ここでようやく、伊吹が言葉を取り戻した。春朝の肩を優しく叩いてから、天霧をにらみつける。


「確かに、甘草はとりすぎると心臓に負担がかかる。そのくらい、さすがに僕だって知ってるよ。でも、忘れてないか? 余暉さまにさしあげた薬は、他の人も同じものを飲んでるんだ」


 伊吹はそこで、天霧に向かって指をつき出した。


「薬はまとめて作ったんだ。ここ数日は薬瓶に触ってすらいない。船員だって、春朝さんだって同じものを飲んでる。僕が悪意をもって処方をいじったのなら、他の人にも症状が出てるはずだ」

「確かにあんたは薬をいじったが、大量にはやらなかったということだ。そこは頭がいい」


 ここで初めて、天霧は声に少しドスをきかせた。伊吹が低くうなり、天霧を指していた手をひっこめる。


「人をやって、残っていた薬を調べさせた。刻んではあったが、茎や葉を細かくより分けてみると、甘草が通常の五割増しくらいになっていたというぞ」

「そ、それは……」

「さて、薬は準備できた。しかしこれ以上いじれない。殺すには、他のもので甘草ををとらせる必要がある。余暉以外の人が口にしない何かで」


 天霧はたたみかける。その言葉を聞いた伊吹の額に、大きな皺がよった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ