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鼠をいぶり出す決意

「俺はそいつを知っている。最初から殺意があったわけではなく、不幸な事故だったんでしょう。しかし、それで積もっていた不満や怒りが爆発してしまった」


 村人たちはおさまらない。口々に「わざとやったんだろう」「必ず追い詰めてやる」と怒声を飛ばした。これを聞いた守宮しゅきゅうは、頭の隅で計算する。


「このままだと出発できない上に、放っておけば醜聞になる。ならば彼らを生かしておけない、と」


 時刻が遅かったこともあり、様子を見に来た住民はせいぜい数十人。しかも、死体を隠すところはいくらでもあった。守宮は魔物のささやきに負け……その場にいた村人全員の殺害を命じたという。


 絶句する将軍に向かって、天霧は声をかけた。


「生き残った女性ですが……狭い空間にいたため身動きが取れなかった。しかし、外の音はかすかに聞こえていた」


 彼女はどんな思いで、同胞が殺される様子をうかがっていらのだろう。天霧あまぎりは考えてみたが、ありきたりな答えしか浮かんでこなかったのでやめた。


「助けを求めて声を出そうとしたが、外の雰囲気があまりに異常なのでじっと声を殺していたと。鉄の味がする雨水が流れてきたことを、よく覚えていると言っていました」


 天霧が言うと、白斑しろまだらは両手で顔を覆った。


「彼女はそこから、わずかな水だけを頼りに命をつないだ。しかしとうとう体力が尽きてきて……もうダメかと思ったところに、我々が到着したそうです」


 薄れゆく意識の中で、彼女は考えた。この人たちは、敵だろうか。声を出したら、あっさり殺されてしまうのではないだろうか、と。


「しかし、彼女の体力は限界だった。この機会を逃して、もし発見されなかったら飢え死にしてしまうだろう。そう思って、我々に助けを求めてくれたのです」

「すさまじい話だな」


 将軍がこぼした。天霧は合いの手を入れる。


「ええ。……しかし彼女や村人の思いが通じたのか、そこまでして急いだのに、軍も地獄を見る羽目になった。因果なんでしょうね」


 村人の殺害と隠蔽という二つの作業によって、軍は時間を浪費した。結果、空がぼんやり白くなり始めてから、慌てて行軍を開始する羽目になった。


「できる限り、急いだそうですがね」

「到着した時には、すでに敵が要所に陣取っていた」

「その通りです」


 白斑は口をへの字にしながら答えた。


「戦は始まった。しかしろくな準備ができなかった上、村人殺しによって兵たちの結束もがたがたになっている」

「……勝てるはずもなく、多数の犠牲を出して逃げ帰るしかなかった。こういうわけですか」

「ああ。その時にはわからなかったが、帰ってきてすぐ、上から呼び出されたよ。守宮が泣きついたんだろう」

「そこで、事件については黙っていろと言われたんですね?」


 今度は、白斑がうなずく。


「真実を明らかにしても、死んだ村人や兵士が戻ってくるわけじゃない。今回のことは教訓として胸に刻め、と言われました」


 白斑が拳を握り締める。


「刻め、と言う方は軽いものです。しかし俺の中には、すでに傷がある。血が流れている。それを見て見ぬふりをしろ、というのは拷問に近かった」


 ここで白斑は、口元を歪める。


「守宮様はそう言われてほっとした様子でしたが。今思えば、あの時すでに死をもって幕を引くつもりだったのでしょう。気の小さい、あの人らしい」

「……守宮様は、あなたもそうすると思っていたはず」


 だが、予想に反して白斑は延々刑の執行を遅らせることにこだわった。守宮はそれを聞いて、焦り始める。


「あなたが、外に向かって全てを打ち明けるつもりだと気付いたんでしょう。なんとかしたい、と思ったはず」


 白斑を共犯にしようとしても、彼は現場に行ってすらいない。罪を当分に振り分けようとすれば、かえって自分のやったことが暴露される可能性があった。


「だから守宮は、あなたを巻き込むことはあきらめた。そのかわり、白い烏に接触して速やかに死に、罪から逃れることを選んだわけだ」


 ようやく事件の全貌が明らかになった。天霧は背筋を伸ばし、宙をにらむ。白斑が天霧に向かって、大きく礼をした。


「……迷惑をおかけしました」


 力なく肩を落とす白斑は、まるで子供のように見えた。


「情けないですが。組織から離れると、俺はこんなに弱かったのかと思い知らされました」


 天霧は立ち上がり、泣き笑いの表情になった白斑の背後に移動した。


「あなたは確かに責められるべきかもしれない。しかしそれなら、軍上層部はより重い枷を背負うべきだ。裁かれるべきものは多く、守宮以外の責任者ははっきりしない可能性も大いにあると思っています。ですが」


 全てが閉じられた空間で行われた犯罪というのは、立件が非常に難しい。結局守宮に責任がかぶせられ、切り捨てられるだけの結末になってしまうかもしれなかった。──しかし天霧は、それに納得がいかない。


「本気で引っ張り出してみせますよ。物陰に入ろうとしている鼠たちを」


 白斑はうつむいたまま、しばらく黙っていた。天霧が戸口に手をかける寸前、ようやく彼の声が耳に届く。


「お願いします」


 天霧はうなずき、そのまま部屋を出た。



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