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悲劇の真相

 それからの進行は、極めて速かった。証人は病み上がりにもかかわらずしっかりとした口調で喋り続け、記録係の手が追いつかなかったほどだ。


 ようやく天霧あまぎりがその記録を持って将軍に面会したときには、すでに夜が明けかかっていた。


「まとまったか」


 寝着のまま起きてきた将軍に向かって、参上した天霧はうなずいた。


「早く読ませろ」

「興味を持っていただくのはありがたいですが……その前に、白斑しろまだら様もここへ呼んで下さい。──今なら、何かを語ってくれる気がするんです」


 将軍は直ちに指示を飛ばした。しばらくして、やや青ざめた白斑が官吏に連れられてやってくる。さすがの彼も、激しく動揺した顔だった。


「いきなり……御前に召されるとは思っていませんでした」

「今まで隠してて悪かったがなあ。生き残りがいたんだわ、あの村に。そのことについて聞きたくてな」


 それを聞いた白斑は、一瞬呼吸を忘れた。彼の目が、限界まで開かれる。


「可能性は低かったが、お前は賭けに勝った。ずーっと悪役のフリをするたあ、大した根性だぜ」

「どうして、それを」

「なんとなくな。積み重ねた所行からして、みっともなく逃げるような男には見えなかったからよ」


 将軍はあぐら座りのまま、白斑ににじり寄った。


「待ってたのか。事実が明らかになるのを」

「全てを知っていました。しかし調べがついていない時に俺がわめいても、握りつぶされるだろうと思ったんです。まさか、証人が出るとは」


 白斑は泣き出しそうな顔になって、拳を握り締めた。


「その通りでしょうね。話を聞く限り、軍の権威が失墜するのは避けようがない。後ろ暗い事実を明かさずに済むなら、軍はえげつない手段も取ったでしょう。……ですが、頭の痛い局面は終わりました。今なら話しても差し支えありませんよ」


 天霧が水を向けると、白斑は深く拝礼する。そして是非に、とつぶやいた。


 この悲劇のそもそもの発端は、砦を作るために大量の木材を切り出さなければならなくなったことだった。


「最初に取り決めた期間より、明らかに長く軍が山にいたと生存者が言っていました。おそらく、当初の見込みより多くの木材を伐採していたんでしょう」

「その通りだ。想定していたより族の数が多く、防御を強化する必要があった」


 天霧はうなずき、先を促した。


「後から植林をし、代金を支払う手はずを整えてはいた。だが、村長たちの反発が激しくて」

「当然だな。木は一回切ったら、育てるのに何十年もかかる。冬を乗り切るため、売るための木材まで無断でやっちまいましたと言われたら、腹の虫が治まるはずがねえ」


 いい加減で知られる将軍も、呆れた様子で言った。


「……俺は、せめて相場の三倍は出して償うべきだと言ったんです。先に約束を破ったのは、我々ですから」

「道理ですね」

「しかし守宮しゅきゅう様は、それではダメだと。あくまで切った分に相応するだけの代金でいい、それで理解してもらえるはずだと言い張って」


 理屈で言えばそうである。支払いが済めば、住民は何も損をしていない。しかし、人間の感情とはそういう風に出来ていないのだ。


 理不尽な扱いを受けていた兵士たちには守宮の合理的な方針が受け入れられたが、村人たちにとっては屈辱だったに違いない。


「もめたでしょう」

「集会場に怒号が飛び交いましたよ。結局、物別れになりました」


 地位と理屈だけで言うことを聞かせようとしたのだから、当然だ。しかしこんな事態になっても、守宮は危機感を抱いていなかったという。


「軍に正面から襲いかかってくるほど、血気盛んな村ではありませんでした。だが、楽観視していてはいずれ大きな火種になると思った」


 白斑の提案で、関係修繕のため村人との接触がもたれようとしていたその夜。運命の大雨が、降った。


「天が割れたようでした。目の前が見えないほどの雨で、砦のあちこちが水に浸かって──俺たちは、その対応に追われていて……そんな時でした。村に面していた山肌が、一気に崩れ落ちたんです。山に近かった集落、数十戸が泥と岩に埋もれたと報告を受けました」


 将軍の顔から、すっと色が消えた。


「もちろん、すぐに救助に向かいました。守宮様の隊が」


 賊の討伐も大事だが、国民を守るのも軍の仕事だ。白斑は先行して村の調査に向かった守宮を見送り、自分の隊をまとめて待っていた。それでも、一向に守宮は帰ってこない。


「一緒に行っていれば、と後で何度も悔やみました」

「もし……立場が逆だったら」


 天霧は嘆息する。できるだけ住民に歩み寄ろうとしていた白斑がいたら、ここまでの悲劇にはならなかったかもしれない。


「予定の時間を大分過ぎて、守宮様は戻ってきた。何があったのかと聞いても、はじめははぐらかそうとしました。しかし、俺が食い下がるとようやく話し出しました。真夜中のことです」


 守宮と部下たちが現場に到着した時には、もう全てが終わっていた。山際の家は完全に土砂の中にあった。取り除くには大量の人手と工具が必要になることは明白である。


「無事だった村人たちは、山崩れは木を切りすぎたせいだ、と口々に軍を責めました。そして、代金代わりに埋まった家から住民を助け出せと言ったそうです」


 守宮もそうしたかったようだ。しかし、その時すでに、救助にかける時間はなくなっていた。


「夜のうちに高所をおさえ、敵の動きが最も鈍る、早朝に奇襲をかける手はずになってたんです。守宮様も、戦をする上で高台が重要だということは分かっていた。あそこを敵に取られる事態だけは、避けたかったんでしょう」


 そして守宮は、決断を下す。──これ以上の捜索はせず、行軍を開始すると。


「それを正面から言ってしまったものだから、当然、そこに集まっていた住民たちと激しい争いになりました。そして、とうとうあってはならないことが起こってしまった」


 血気にはやった兵が、住民の一人を突き飛ばし……そのはずみで、死者が出たのだ。

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