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意外な犯人

「はい。お持ちします」


 責めがやんで、兵たちはほっとした表情になった。天霧にとっては、やりやすい状況である。


 程なくして、現物が運ばれてきた。球をちょうど真ん中から断ち切ったような覆いと、下の板が蝶番でつながっている。


「この平たいところに、料理をのせるのか」

「はい。厨房の皿がちょうど入るように作ってあります」


 皿を中に入れ、上部分を閉じて鍵をかければ、もう外から触れることはできなくなる。天霧あまぎりは念のために錠前を引っ張ってみたが、ゆるみやがたつきは一切なかった。これなら、食材どころか臭いも漏れないだろう。


「丈夫な錠前だな」

「お抱え職人が作った、特別な錠です。鍵の複製はその職人にしか作れません」

「鍵は、全員が持ってるのか?」

「いいえ」


 兵士たちにはいくつか仕事が有り、食事の警備当番は持ち回りだという。鍵はその当番が預かるため、多数の手をいったりきたりしているのだ。


守宮しゅきゅう様が体調を崩していた日の当番は?」

「俺と」


 天霧の目の前に座っていた男が、気まずそうに手を上げる。


「それに西斗せいとの二人です」

「ほう」

「お言葉ですが、俺たちは何もしてません。調理された鶏肉の皿を入れてから、一回も開けていませんよ」

「分かっている。犯人だと決めつけているわけではない」


 天霧が言うと、目の前の男は泣き笑いの表情になった。


「よし、次」


 天霧は兵士たちを次々に入れ替え、きつめの言葉をぶつけてみた。ある者は堂々と答え、ある者は申し訳なさそうにし──十人いれば、十通りの反応がある。


「守宮様の腹の調子が悪いのは、いつものことだし」

「知らない。私は、何も知らなかったんです」

「それより、下手人は分かったんですか?」

「眠い」


 天霧はその全てを聞き取り、記録が終わると次を呼ぶ。この中に、必ず当たりがいるはずだ。


 天霧は、兵をくるくるさばき、ひたすら空くじを引き続けた。そして残った兵士が、ついに十人を切る。


「次の者」

「はい」


 年かさの兵が二人。それに続き、若い兵が部屋に入ってきた。


「答えてもらおうか」


 今まで通り一通り脅したところで、天霧は本題に切り込んだ。


「ところで、守宮様が特に苦手としておられたのは、肉の脂身だったとか」

「はい」

「以前調子を崩された日に、それが出たようだな。知っていたか」


 老兵たちは知らないと答えた。天霧が視線を向けた若い兵士が、当惑した表情をみせる。


「いえ、それは覆いを開ける当番でないと。俺は警備しかやっていませんから」

「それにしても残念だな、あんな美味いものが食えないとは。そう思わんか」

「はい。鳥は、脂ののったところが一番美味しいです」


 若い兵ははきはき答える。天霧は目を細めた。ようやく当たりが出た。


 天霧は音をたてて、手に持っていた筆を置いた。


「おい」

「はい?」

「食事当番になったことはないとはっきり言ったな。なら何故、俺が鶏肉の話をしていると思った?」


 守宮の食事は、完全に一般兵と別の献立だ。当番になっていなければ、合法的に知りようがない。


 ここでようやく、若い兵は自分の失言に気付いた。顔を青くしてあわてて歯を食いしばっているが、もう手遅れだ。


「そ、それはなんとなく」

「食肉といっても色々ある。牛、豚、猪、鹿、兎……変わったところだと蛙も食うそうだが。なんとなくで、その中から鳥を選べるかな」

「たまたまってことがあるでしょう」


 しどろもどろになっている兵に、天霧は笑いかけた。


「嘘が下手だな。今日のために、何度か銀覆いを外す練習をしていたんだろう? だから、守宮が体調を崩した時の献立も知っていた」


 下を向いて唇をかむ兵に向かって、天霧はさらにたたみかける。


「今のお前を見ていると、何故こんなことをしたかも大体分かった」


 天霧の頭の中で、連鎖的に欠片がつながっていく。納得しながらも、天霧は空恐ろしさを感じていた。人を殺すのは、悪意だけではない。時には、善意がとどめを刺すこともある。


「こう吹き込まれたか。──守宮を救うための道だと」


 兵士の顔から、完全に色が消えた。図星だ、とすぐに感じた天霧はそのまま切り込んでいく。


「もともと身体が弱い守宮にとって、先が見えずひたすら牢で暮らす期間はかなり負担になっているはず。そこに同情する心をつかれたな」

「……せめて自宅に帰れれば、と思ったんです」

「わざと体調を悪化させて、一時帰宅を狙ったのか」

「はい。何人か人払いに協力してくれましたが、毒を盛っていたのは俺一人です」


 兵士は肩をすぼめた。すっかり覇気が失われ、小さくなっている。そして顔つきも子供のようになった。中身を全て吐き出してしまった風船のような姿を見て、年配の兵士が顔をしかめる。


「しかし、どうやって鍵を外したんですか? 特別製ですよ、あれは」


 年配の兵士が問うてきたので、天霧は答えた。


「ああ。それなら簡単なこと。錠前でなく、()()()()()を外せばいい」

「そうか……」


 もちろん外して毒を入れ、元に戻すにはある程度時間がかかる。しかし、見張りを担当している兵が結託しているなら不可能ではない。


「ふうん、準備まではうまくやったな。しかし、結局やり過ぎで失敗か」

「失礼なことを言うなっ」


 疑問が解けた年配の兵士が、何気なく言う。するとずっと俯いていた若い兵が、怒りで飛び跳ねた。


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