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集団取り調べ、開始

「なっている?」


 一瞬ひやっとした天霧あまぎりだったが、気を取り直して説明を聞くことにした。


「胃の中を洗ったら、持ち直した。今は俺の両御番りょうごばんがついてる」


 両御番とは、将軍直属の親衛隊である。ここで有能だと認められれば、出世の道が開かれると評判の部署だ。


「よかった。ずっとそうしておいていただきたいものです」

「馬鹿言え。明日になれば、若年寄どもが気付いてかしましく言い出すわ。あくまでこれはその場しのぎだ」

「もってどのくらいです」

「数日だな。それ以上引っ張ると、御三家を喜ばせるだけだ」


 将軍はそう言って舌を出す。身内なのに、いや身内だからこそ、だろうか。なかなかこじれている様子である。


「それまでに突き止めろ。今、分かってねえことを」

「どこから毒が入ってきたか。そして、何故守宮は死ななかったのか。その二点ですね」


 黒幕の正体はわかっている。今やるべきは、そこに辿り着くための手がかりを探すことだ。


「後者については、うっすらとですが心当たりがあります。本職ですから」

「ほんとかっ」

「ただ、投与方法がどうにも分からない。護衛は真面目だと思っていたのに、どうして」


 人選をしたのは天霧自身である。敵が付けいる隙は残さなかったはずだが……。


「ま、外面だけでは分からんな。お前の勘も、たまには外れるということだ」

「そうでしょうか」


 善人はともかく、悪人の匂いは逃がさない。自分ではそう思っていたのに、何故こうなった。天霧は、苛々しながら爪をかむ。


「とりあえず、悩んでる間に動いてくれや。いつものお姉ちゃんもいねえだろ」


 将軍に背中をどやされて、天霧は前につんのめった。



☆☆☆



「一体どういうことですか?」

「俺たちは決められた通りにやりましたよ」

「なのに取り調べって」

「やるなら俺たちじゃなくて厨房じゃないか?」


 守宮についていた護衛兵たちが、一斉にまくしたてる。天霧は最新の注意をはらって、それを聞いていた。


(焦っている)


 妙な早口、高くなった声、そして無意識のうちに繰り返される動作。


 不自然だ。何か隠しているのは間違いない。


(しかし、ない。悪意が)


 天霧は首をひねりつつ、全ての聴取を終えた。


「天霧様、これで兵は終わりです。あとは調理場の者になりますが……」

「呼んでくれ」


 天霧は手を振った。本日調理を担当していた者のうち、責任者三人だけがまず呼ばれた。


(うーん、この面子は外れかな)


 隠し事の気配が微塵もない。本当に白の人間というのは、やはりこういうものだ。


「いつもの工程と、違ったところはなかったんですね」

「はい。器具も材料も全て、点検しました。最後にしっかり毒味も済ませてあります」

「なるほど」

「天霧様の要請があったので、守宮様にお出しする食材を厳選しましてね。種類が限られているので、自然と手順も決まってくるんです」


 昨日今日入ってきた者もいないので、工程については熟知しているはずだ。責任者たちは、口をそろえてそう語る。


「細心の注意は払っていたと」

「そうです。もともと胃の腑が弱いと、ご本人もおっしゃっていたので」


 天霧は話を聞きつつ、日誌に目を通した。ふと、目立たないように書かれた小文字に目がとまる。


「医者を呼んだ、という報告は受けていないが」

「!」


 指摘をうけて、担当者たちの動きが止まった。どうやら、警備の兵士が隠していたのはこれだったらしい。


「記録を確認しろ」

「はっ」


 すぐに、下っ端の毒殺官が走る。帳面をひもとくと、詳細が明らかになった。


「確かに、一度御殿医をお呼びしました」

「しかし異常といっても、便がいつもより少しゆるいくらいで……その日に新しい食材を使っていたので、それが原因ではないかという結論になったようです」


 どうやら、事件性はなさそうだ。しかし、良かったねで済む話ではない。


「困るな。こちらにも報告をくれないと」

「申し訳ありません」

「その後、同じ食材を取り扱うのをやめたので。そこでうやむやになってしまったのかもしれません」


 細かな報告をと言ってあったのに、やはり軍からは嫌われている。天霧は息を吐き出し、気持ちを切り替えた。


「ちなみにその食材はなんだ?」

「鶏肉です。いつものものより脂が多い品種だったのが、良くなかったみたいで」

「ふうん」


 天霧は低くつぶやきながら、指で机をたたいた。


「その後は、目立った体調不良はなかったんだな」

「はい、材料には気を遣いましたから」

「だが、今日の事件は起こってしまった。材料に問題がなかったとして、途中で何かが混入した可能性は?」


 通常、毒味を済ませてから本人が食べるまでにはある程度間がある。その間になにかが起こったとしてもおかしくない。


 天霧はこの選択肢に期待していたのだが、厨房の面々は首を横に振る。


「いいえ。料理には銀の覆いをかけた上、鍵までつけているんですから。途中で何かを入れようとしたら、覆いを割らなきゃいけません」

「鍵を持っているのは?」

「警護担当の兵だけです」

「……なるほど。では次に代われ」


 天霧は再び兵士たちを呼び寄せた。しかし今度は一度に集めず、三人ずつ区切っての対面に切り替える。さっき知った情報で、犯人を引っかけてやることに決めたのだ。


 今度はわざと怖い顔を作って彼らを出迎える。兵士たちは渋々、天霧の前に腰を下ろした。


「厨房から話は聞いた。前に一度、守宮様が体調を崩したそうだな」

「はい……しかし、食材にあたっただけでしたので」

「些細なことでも報告してくれねば、対策のたてようがない」

「申し訳ありません」


 兵士たちは、次にどんな叱りの言葉がくるかと身を固くしている。そこで天霧は、話をわざと別の方向へ持って行った。


「食事にかかっているという、覆いを見たい」


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