表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/52

寝首をかかれる

 天霧あまぎりが立ち上がると、紫苑しおんもそれについてきた。


「やあ」


 天霧が声をかけると、見張りの官たちはそろってぎこちない礼をした。


守宮しゅきゅうは」

「奥に」


 確かに彼らの指さす先には、難しい顔をした守宮が座っている。相変わらず青白い顔をしているが、健康に別状はなさそうだ。


「ああ、良かった」

「あの」


 天霧がほっと息をついていると、後ろから声がかかった。


「──まだ、刑は確定していません。ですから、守宮様と」


 そう訴える彼らの顔には、悲しみの色がにじみ出ていた。彼らの忠誠に嘘はない、と天霧は判断する。


「ああ、済まなかった。守宮様のご様子で、何か変わったところはあるか」

「食事が合わないのが、お辛いようです」


 兵士が一人、そう言って目を伏せた。


「もともと食べられるものが限られている、というのは聞いたが……」


 ある程度の配慮はされているが、家にいる時のように無制限というわけにはいかない。多少、合わないものがあるのは我慢してもらうしかなかった。


「獄中ですから……何もかも自由にはなりませんよ」


 紫苑がいさめると、兵士たちは一様に悔しそうな顔をした。


「極悪人のような扱いだな」

「現場に立ったこともないくせに」

「子供連れで偉そうだ」


 徐々に敵意が場に満ちていく。天霧は方針を変えることにした。


「食事の件については、上に報告しておく」


 居心地が悪くなったので、天霧は紫苑を連れて早々に退散した。



☆☆☆



 兵に与えられた四人部屋。その中で、一人の男が立ちつくしている。


 すでに朝となっており、日の光が男の背中に降り注いでいる。しかし、彼は死ぬ寸前のような強張った表情を崩さない。


「大丈夫……大丈夫」


 言葉で自分を必死になだめている。しかし身体は硬直したままで、指の動きもぎこちない。


「あっ」


 男の指が滑って、危うく持っていた小瓶を落としかけた。しっかり握り直してから、ふっと息を漏らす。


(危ない。今度やったら、粉々になるかもしれない)


 肝心なのは、今からだ。それで、全てが決まる。


 後ろめたい気持ちがないと言えば、嘘になる。しかし、これだけが全てを丸く収めるただ一つの方法なのだ。


(もう、戻りたくない。絶対に、戻ってたまるものか)


 男は瓶の蓋をあけ、中に入っている粉をじっと見つめた。



☆☆☆



「困ったな」


 翌日、身支度をすませた天霧はため息をついた。身内からあんなに反発されると、やりにくい。


「でも、守宮様にとってはいいことですよね。あれだけ思ってもらえれば」


 紫苑は大してこたえた様子なく言った。案外、天霧より肝が太いかもしれない。


「それを喜ぶか……」

「あら、アンタ。また会ったわね」

帯占おびうら


 部屋を出ると、この前世話になった魚類学者が廊下にいた。悪い人間ではないのだが、一度ぴしゃりとやられている紫苑が怯える。


「礼を言おうと思ってたのよ。希少種の採取許可がさっさと下りたの、あんたの口添えでしょう? ありがと」

「どういたしまして」

「そっちの子供にも、高い巻物買ってあげたんだって? 気前のいいことするじゃない」


 どこから聞きつけたのか、と天霧はつぶやく。しかし、帯占は意に介さなかった。


「魚関係の情報にはうるさいのよ」

「……まあ、魚の絵を描くのは好きだよな」


 何気なく話を振った天霧だったが、紫苑は「裏切り者」と言いたげな表情をしている。心底関わりたくないようだ。


「あら、将来有望じゃない。こっちにいらっしゃい」


 嫌と言う間も与えず、帯占は天霧たちを部屋に引きずり込んだ。今日は魚の繁殖を行っていないらしく、神経質なことは言われない。


 紫苑も実物の魅力には抗えないようで、書物や水槽にくっついて好奇心を満たし始めた。


(子供は素直でいいねえ)


 自分にもあんな頃があったかしら、と思いながら天霧は水槽を見つめた。


 色とりどりの魚たち、それを守るようにゆったりと揺れる水草──そしてその間に浮かび上がる、ひげ面。


「ぐふっ」


 いきなり異質なものを見てしまい、天霧は激しく咳き込んだ。帯占と紫苑も、侵入者に気付いて目をむく。


「探したぞ」

「入るとき、鍵を閉めたはずなのに」

「俺は将軍だぞ。全部の部屋の鍵を持ってる」

「ちっ」

「今の舌打ちは、特別に聞かなかったことにする」


 将軍が言っても、帯占は特にありがたがることはなかった。面倒なのが来た、としか思っていないようだ。


「私に何かご用ですか」


 ふざけているように見えるが、今の将軍には一時たりとも無駄にできる時間などないはずだ。嫌な予感が、天霧の全身を駆け巡る。


 帯占もそれを悟ったのか、紫苑を呼び寄せた。


「よし、外の水槽を見に行こう」

「天霧様は?」

「いいのよ。いらっしゃい」


 紫苑は何度もこちらを振り向きながら、部屋を出て行った。


「ああ。困ったことになった」

「囚人に何か?」

白斑しろまだらは無事だが、守宮がいきなり変な呼吸をし出してな。今のところ意識不明──ということになってる」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ