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ひとまず都へ

「しかし、よく助かったな。これだけ派手に家が崩れていて」


 正英しょうえいがつぶやく。ようやく女性を助け出した官たちが、額の汗をぬぐいながら答えた。


「この家には、大きな地下蔵があったんですよ。彼女は柱や天井に押し潰される前に、そこへ落下したようです」


 そして、さらに幸運の女神が味方した。


「蔵に入れられていた廃材が、落ちてきた瓦礫を受け止めていました。結果、大人ひとり寝られるくらいの隙間ができたんです」

「それで軍も見つけられなかったのか」

「雨が降っていたのもよかった。それが瓦礫をつたって流れ込み、飲み水になったんです。水がなければ、ひと月近く生きていることはできませんから」

「よくわかった。あとは、彼女が健康を取り戻してくれることを願うばかりだな」


 天霧あまぎりたちは現場を部下に任せ、枸橘からたちのもとへ向かうことにした。



☆☆☆



「眠ってる、か……」

「ええ。低栄養状態なので、点滴を始めました」

「なんだそりゃ」

「新しい治療法ですよ」


 栄養成分を含んだ液体を、細い管と針を用いて体内に注入する。特に下痢や栄養失調のときに便利な方法だ。


 だが、直接患者の体に薬液を入れるため、薬の配分を間違えると患者が死亡する可能性が跳ね上がる。そのため、手技に取り入れている医者はまだわずかだった。


「なんだか危なそうだな」

「仕方ありません。一番効果が高いですし、食事と違って何かを混入すればすぐにわかりますから」


 薬液は、清潔を保つためにぴったりした特殊な皮容器に入れられている。ひとたびそこに穴があけば、漏れだして元に戻すことはできない。


「なら、食事よりは安全か」


 正英がため息をついた。枸橘がさらに続ける。


「彼女の意識が戻って、証言がとれれば全てがひっくり返ります。すでに百日紅さるすべりを、将軍のところへ向かわせました」

「邪魔が入らなければいいがな」

「……そうですね」


 枸橘が忌々しそうに顔を歪める。


「残念ですが、軍にも耳目があります。百日紅が動いたことに、気づくかもしれない。油断は禁物です」

「将軍の応援がくるまで、守りきれるかが鍵だな」


 天霧が腕を組んでいると、天井裏を規則正しくたたく音がした。


「百日紅?」

「いえ、木蓮もくれんです」


 百日紅がいつも組んでいる相方だ。彼が逃げ帰って来たわけではないと知り、天霧は少し気が楽になる。


「入れ」


 声をかけると同時に、天井板をはがして素破が降りてきた。


「現在、官邸付近を監視しているのですが──気になる情報が入ってきまして」


 木蓮はここで声をひそめる。


「御三家に、しきりに若い男が出入りしています」

「御三家だと?」

「しかもその男、以前にも『白い烏』事件があった場所で目撃されていて……刑吏たちも内偵を進めていたようです」

「そうなると、御三家がなにやら良くないことを企てている可能性がある」


 天霧は考えてみた。


(今の将軍には、敵も多かったな)


 直系の将軍家に男子がおらず、御三家がそれぞれ養子を出したいとやりあった結果、遺恨を残した。まとまらないことはなはだしいが、人間というのはそういうものである。


「このままでは将軍が……」

「いえ。白い烏が手にかけるのは罪人のみ。将軍はまだそこまで、大きな失態を犯していませんし、護衛がいすぎて現実的ではない」


 苦い思いを飲み下しながら、天霧は答えた。


 罪人にもっと安らかな死を、という動機で動く異色の犯罪者集団……連中の考える事は全くもってわからない、と天霧はため息をついた。


「彼らが手をかけるとしたら、守宮しゅきゅうでしょうね。白斑しろまだらが頼んだとは思えない」

「だとしたらまずいですね。責任者が死んで事件がうやむやになれば、我々も関与し続けることはできなくなります」


 天霧たちが動けるのは、あくまで調査という建前があるから。政治的に事件が終わってしまえば、それ以上手を伸ばすことはできないのだ。


「天霧様、こちらは我々に任せて中央へお戻りください。守宮の安全確保が最優先です」


 枸橘がせっつく。天霧はうなずいた。


「わかった。彼女を頼むぞ」



☆☆☆



「白い烏ねえ」


 急いで戻った天霧と対面した将軍は、顎に手をやりながらつぶやく。悩んだときの癖だ。彼の指先は、伸びてきた髭に覆われている。


「そこまで長い髭は初めて拝見しました」

「剃る暇がねえからな。書類に毛が落ちるのも格好つかねえし」

「やつれた感じが出て、同情は買えそうですが。上様、重圧がかかったときに食べる癖がありますからね」


 前に会った時より、将軍の顔の輪郭が丸くなっている。


「大変な時に食わなかったら、死んじまうわ」

「……それ以上、見た目が変化しないうちにやめておいた方がよろしいかと」


 釘をさしつつ、天霧は今まであったことを報告した。ただし、生存者がいたことは口に出さない。将軍はすでに百日紅から報告を受けているし、密室に見えても誰が聞いているかわかったものではない。


「そうかい。ひどい有り様だったか」

「山沿いの家屋はまとめて流されていました」

朴木ほおのきも報告を聞いて、うろうろし出したわ。まあ、復興はあいつに任せておけば心配ない」

「罪人たちは無事ですか」

「今のところはな。守宮はほとんど食わないからいいが、問題は白斑だな。馬みたいに食うから、毒味役がへばってきてるぞ」


 仕掛けてくるとしたら、これからのようだ。天霧は拳を握る。


「それで、御三家にまとわりついてる男ってのはどんな奴だ」


 将軍に切り出されて、天霧は何枚か写真を見せた。


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