金メッキの偶像
天霧が言うと、翠玉はぷいと横を向いた。
「そう言われても、私は同行していませんから」
「おや、右腕であったろうに」
「船の入港手続きをしたり、人足たちに日銭を払ったり──着いて終わりでなく、色々裏の仕事もあるものでね。地味な仕事をしてくれる手が足りないのですよ」
翠玉の声には、明らかに皮肉の色が混じっていた。それを感じ取った天霧は、わずかに口元を緩める。
「本当に?」
「勘づかれましたか。まあ、どうせ隠していても誰かが言うだろうから、私から率直に打ち明けますが」
天霧の顔色を読み取ったのか、翠玉が眉間に皺を寄せる。
「私は余暉と折り合いが悪かった。それは事実です。仕事が残っていたのは本当ですが、急ぐ必要はない。これは冗談ではなく、奴と同じ空気を吸いたくなかったからわざと離れたんです」
「おやおや」
「格好のいいことや華やかなことばかりやりたがり、自分の足元はちっとも省みないし人の言うことも聞かない。一事が万事、そういう奴でしたよ。私は繊細なので、そんな気質とは馴染みませんでした」
話し出すと抑制がきかなくなるのか、翠玉の口は実によく回った。
「今回のことだって、前から得体の知れない異国の菓子はやめろと言ってあったのに。食べ過ぎてあのザマですよ」
天霧は苦笑いした。確かに全ての物売りや店が信用できるわけではないが、あんまりな言い方である。
「どうせその中に古くなったのが混じっていたんでしょう。自業自得ですよ」
「では、単なる食あたりだと」
「この者たちが大げさなんです」
胸を張る翠玉だったが、尋唯と泰楊はほぼ同時に不満を爆発させる。
「食あたりで、あんな急に死ぬものか」
「あの亡くなり方は異様でした……」
それでも翠玉は口をへの字にして、訴えを黙殺する。天霧は肩をすくめながら、それを見ていた。
「では、話はここまでにしよう。余暉の私室など、調べてもいいな?」
「構いませんよ。ごみと春画の山以外、何もないと思いますがね」
翠玉は捨て台詞を吐くと、振り向きもせずに人の中へ消えていった。
「本当に反りが合わなかったんだな」
天霧はそうつぶやいてから、泰楊に声をかける。
「船で話を聞く。余暉様が倒れた時にかかった医者の名はわかるか?」
「はい」
「その医師の証言も欲しい。枸橘、聞き取って探してくれ」
「かしこまりました」
医師の方は枸橘に任せ、天霧は尋唯たちと一緒に船に足を踏み入れる。
「……ここが、余暉様のお使いになっていた部屋です」
「豪華な部屋だな」
船上のため、主の部屋といっても決して広いものではない。しかし、寝台には何色も糸を使った刺繍入りの上掛けがあり、卓の上には金細工が山と並んでいた。たくさんありすぎて、落ちないように辛うじて踏ん張っているように見える置物もある。
天霧は細工を手に取った。全て違う動物をかたどっており、なかなか手が込んでいる。猫の耳はちゃんと立っているし、辰は鱗まできちんと色が入っていた。
「こういうものを集める趣味がおありで?」
「趣味というより、報酬です」
近くに立っていた泰楊が答えた。
「大きな契約をまとめた方にご褒美として、みんなの前であげていたんです。現金を与えるのも、露骨だろうということで」
それを聞いて、紫苑が色めきたって棚に突進した。
「じゃあ、とっても高価なんですね。これ欲しさに事件が起こったかもしれません」
少年の目は、完全に細工に釘着けになっている。天霧は苦笑した。
「それなら主がいなくなった今、翠玉が売り払ってとっくになくなっているはずだ。当座の資金になるのだからな」
天霧は細工の一つを手に取り、試しに床にたたきつけてみた。するとあっけないくらい簡単に、細工は首元から二つに割れる。
「あ!」
「すまん、後で片付ける」
「いえ、僕がやります」
「断面は……ただの陶器ですか。金じゃないんだ」
紫苑が心底残念そうに言うので、天霧は笑った。
「それに、この像が全て金でできているなら、結構な値になる。もらったらみんな、仕事が馬鹿馬鹿しくなってやめてしまうだろう。商人はそんな割に合わないことはしないさ」
使用人たちもそのことは知っていたはずだ。天霧は泰楊たちに聞いてみた。
「ええ、みんな知ってましたよ。単なる景気づけです」
「どうせなら小銭でくれ、って言ったことあるなあ。飯抜きにされたけど」
「……と、いうわけで。紫苑の仮説は成り立たない」
「うう」
紫苑は悔しそうに肩を落とした。
「しかし大きな商いをしていた人間だから、金銭がらみで恨まれていたという視点は悪くないぞ。もう少し調べよう」
少年を励ましつつ、天霧は部屋の調べを進める。
重点的に調べたのは、引き出しの類いである。特に余暉が服用していた薬は、どうしても入手して調べておきたかった。幸い隠してもいなかったらしく、薬はすぐに見つかる。
「生薬か」
刻んであって、葉や茎が多い。これを水で煮出して用いるため、ごわついた布の中に入っている。開けて中身を改めても、一般的な薬ばかりだ。専門家の天霧は中身をすぐに把握する。未知の毒薬を想像したが、そんな物騒なものはなさそうだ。
とりあえず目についた薬を懐にしまい、天霧はもう一度室内を探索した。帳簿の写しも見てみたが、大きな穴は見当たらない。
航海が失敗すれば大赤字だが、余暉は賭けに勝ってきた。儲けを考えると、笑いが止まらなかっただろう。自殺の可能性は低い。
天霧は心の中で結論を出し、立ち上がった。しかし、紫苑は他の者と話もせず、じっとかがんだまま床を凝視している。その横で掃除をしている泰楊が、やりにくそうにしていた。
「どうした?」
年端もいかぬ童が、首のもげた細工を見つめている様子はなかなか怖い。天霧は迷った末に声をかけた。
「これ……身体の下に、なにか穴をふさいだ跡があります」
「何?」
天霧は再度細工を拾い上げた。確かに、底面に不自然な盛り上がりがある。調べてみると、数体に一体の割合で盛り上がりのあるものが混じっていた。
卓上にあった細い筆で、盛り上がりをつついてみた。さして抵抗もなく、築かれた覆いが外れた。細工の中から、巻かれた薄紙が出てくる。
「五年前の痛ましい事故について、またお話をしたいと存じます……か」
書かれていたのは、たったそれだけ。そっけないことこの上なかった。だが、これには意味がある。
文官である天霧だが、刑吏とも横のつながりがある。彼らのところで、これと似た文章をよく見ていた。これは、脅迫文にそっくりだ。──余暉は、誰かの弱みを握っていたのだ。そしておそらく、それを盾にして船員や取引先を縛っていた。