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語るに落ちる

「いるわけないだろ、そんなもの。ずーっとあそこにいたとしたら、あんたが『魚が浜で発見された』という噂に反応するわけがない」


 刀侍とうじの顔が、みるみる赤くなった。墓穴を掘ったことに気付いたらしい。


「だ、だったらどうして魚が消えたんだ。私は断じてっ」

「別に、あんた本人が行く必要はない。共犯者がいれば、それで済む」


 天霧あまぎりがつぶやくと、刀侍はぱくぱくと口を動かした。今度は顔が青ざめている。


「もしかしてこちらが知らないと思っていたのか? 前任が亡くなって、急に責任者になった祭祀がいたろう。いやあ、実に若者の心をつかむのが上手だ」


 そう言いながら、天霧は刀侍に軽蔑のまなざしを向けた。


「生まれが恵まれていない彼らは焦っている。早く人より豊かな生活がしたい、周りから認められたい。それで心が一杯で、地に足がついていない状態だ」


 同じような状況からはい上がってきた刀侍にとって、彼らの心理など簡単に読めるものだったに違いない。


「若い祭祀は、内心苛々していた。上司はかなり年上、すぐに自分がとってかわれると思っていたのに、相手はぴんぴんしている。死にそうな気配などまるでない。そのせいで、自分は毎日雑用。恨んでいただろうな。──前任を殺したのは彼か、それともあんたか?」


 問いに対して、刀侍は口をへの字につぐんだまま、無言を貫いた。


「まあ、これに関しては調べてみなければ分からない。老人への恨みだけでなく、お嬢さんへの恋心も多少あったようだし。しかし、若者が口を割ればすぐに判明する話。あんまり揺さぶりに強いようにも見えなかったからな」


 天霧が面白そうに言うと、刀侍は口を開いた。


「それで奴が吐いたとする。だが私はあくまで、こう主張するぞ。奴とは一度も会ったことがない、と。立場が違いすぎるからな」

「確かに、最近あんたは表に姿を見せないと家人が言っていた」

「ほらみろ」


 刀侍の目が、勝利の予感で輝いた。だが天霧も、それを打ち破るための矢はすでに持っている。


「だとしたら、分からない。あの祭祀の一言が」

「なんだと」

「『総白髪』……彼はあんたをそう称していた。なぜ知っていた? 店に飾ってある写真は、若い頃の物だ。それを見て現在がわかるわけもないのに」


 失言に気付いた刀侍の顔色が、一気に白くなった。彼の足元がふらつく。


「ろ、老人といえば白髪じゃないか」

「うちの近所の老人は、きれいさっぱり頭髪とお別れしてはげ頭でいるが。それに、たいていの人は中途半端に黒髪が残って、ネズミ色になる。何も知らないのに、断言できるわけがない」


 天霧はひとしきり攻撃を終えると、また本題に戻った。


「さて、本来の計画では、こうなっていたはずだ。珠を探しに潜っていた夫は、毒魚に刺されて死亡する。それを確認した瑠璃るりが、面食らって助けを求めてきたら、あんたは堂々と島に乗り込み、孫に救いの手をさしのべておしまいだ」


 その後に共犯者の祭祀が怪魚を回収し、広い海に放っておく。ほとんど動かない魚だから、予め沈んだ場所さえわかっていれば難しいことではない。


「そこまでいったら、あとは簡単。夫は心臓の具合が悪くなったことにして、さっさと事故死の届けを出すだけだ。状況的に考えて、早々に埋葬の許可が出ただろう」


 それで全てにカタがつく。おそろしく無能な婿はいなかったことになり、今まで積み上げてきた店の評判に傷がつくこともない。めでたしめでたし、で終わるはずだった。


「しかしここで、大きく運命が狂った。元はといえば、あんたの読みが甘かったのが原因だ」


 オニダルマオコゼの毒は主に神経を麻痺させるが、精神を錯乱させる作用もある。刺された痛みもあいまって、大抵の人間はまともに物が考えられなくなる。夫はなんとか水から上がったものの、悲鳴をあげながら暴れ回り──その途中で妻を撲殺してしまった。


「瑠璃は何が起こったのかも分からないまま殴り殺されてしまった。彼女の死体に防御のあとがなかったのはそのせいだ」


 夫の異変の理由も分からず、気の毒なことだ。その上、原因を作ったのは実の祖父である。


 ──この悲劇により、後の計画に大きな狂いが生じた。


「あんたの代わりに第一発見者となった祭祀は焦った。夫だけでなく妻も死んでしまい、しかも妻の方は明らかな変死だ。いろんなところに顔が利くあんたの力をもってしても、誤魔化しきれるか分からない」


 いきなり困ったことになった祭祀は、全力で動き始めた。


「とりあえず他の人間を追い出し、服に隠して持ち出した凶器を小屋の近くの海に沈めた。そして人気がなくなってから回収し、ここに沈めた……ものの、生きた心地がしなかっただろう」


 そして案の定、二人は不審死として扱われることになった。


「あんたは心底後悔しただろうが、こうなってしまった以上もうどうにもならない。夫が妻を殺して自殺した、という筋書きになるのを期待するしかなかった。が、今その望みも潰えたな」


 天霧は刀侍の胸を指さした。


「もう抵抗はやめろ。今、部下が貿易記録を片っ端からあたっている。業者には横の繋がりがあるから、あんたがオコゼを入手したことはすぐにわかる」


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