毒針の正体
「そういえば、知り合いの学者がぼやいていましたよ。変な魚が流れ着いていたけれど、国内では情報がないって。舶来ものかもしれないから、詳しそうな人間に話を聞いてみると言ってました。あなたのところにも連絡がいきましたか?」
相手が喋らないのをいいことに、天霧は一気にたたみかける。もちろんこの情報も、百日紅がわざと流したものだ。
「……ああ、聞いた。だから」
「あなたはずいぶん興味を示された。そして商売にはなんの関係もないはずなのに、わざわざ魚の保管場所まで聞き出された」
天霧は刀侍に向かって、指を二本立ててみせた。全く、あまりに簡単に引っかかってくれたからこちらは拍子抜けしたのだ。
「不可解な行動が一つなら偶然でも、二つなら何かあると思ってしまう性分でして。大店の旦那を動かすとはそんなにも価値がある魚なのかと、私なりに調べてみたのですよ。すると面白いことがわかりました」
本当は疑問になど思っていない。絶対の自信を持って、この男が犯人だと思っていた。だから天霧は刀侍に向かって、刀を出すように素早く写真を突きつける。
「ただの岩地に見えるでしょう。しかし、ここに口のようなものが見えませんか?」
刀侍は返事の代わりに、眉を八の字にした。
「そう。お察しの通り。この一部は岩ではありません。オニダルマオコゼという魚が、体の色を変えてなりすましているんです。しかも、不用意に近づいてきたものには鋭い毒針を刺して攻撃してくる」
天霧は、岩にもたれかかってわざとらしく微笑んだ。
「危険きわまりないのですが、見事な擬態だ。これだけ拡大して陸上で見ても分からないのですから、暗い海中で区別がつくとは思えませんね。踏んだり近づいたりすれば、毒針で刺されるでしょう」
「さっきから何が言いたいッ」
写真を引っ込めようとしない天霧に対し、とうとう刀侍が額に青筋をたてて怒鳴った。
「これを使って孫夫婦を殺したのはあなただ──そう申し上げているのです」
「何だと?」
豊かな眉毛の下からのぞく刀侍の目が、不気味に光った。天霧もここで、ようやくとってつけた態度をかなぐり捨てる。
「若い男女を殺した罪は重い。俺が今から理屈でもって叩きのめしてもいいのだが、素直に申し出ていただきたい。老人には敬意を持ちたいからな」
「世迷い言だ。おこがましい奴め」
刀侍は吐き捨てる。
「赤の他人ならともかく、うちの孫たちを何故私が殺さなければならん。可愛い可愛い、たった一人の跡継ぎとその夫を」
「そうだな。さらにこう言い換えようか。結果的に、二人も殺してしまったと」
天霧は身を乗り出して言う。刀侍の体が、わずかにかしいだ。
「殺したかったのは、夫だけなんだろ? それがこんな結果になって、さぞかし慌てただろうな」
天霧は腕を組み替えながら言う。意表を突いた。最初の攻撃は成功だ。
「まずあんたは、こっそり毒魚を手に入れる。そして珠の交換に島に渡り、夫婦の小屋の裏手にある海へ放り込んでおいた。そうすれば、後は勝手に魚が岩に擬態してくれる」
島へ渡る言い訳に使った珠にも、実は意味がある。
「悪意をもって、それは入れ替えられた」
「下らん。粗悪品を引き上げて、どうしてそこまで言われなければならんのだ」
「いや、違う。最初にあった珠こそが、正しく儀式に必要だったんだ」
天霧は懐から小袋を取り出し、中身をばらまく。生臭い匂いが、海風と混じった。
「これは、小屋の後ろに生息している発光生物が好む餌だ。これを珠に付着させておけば、彼らがこぞってやってくる。どんなに海中が暗かろうが、明るく光る珠のありかはすぐに分かるってわけだ」
これも、形式的に儀式を済ませるための絡繰だ。おそらく昔は普通の石で作っていたのだろう。しかし海中に放り込むと、あっという間に見えなくなってしまう。かなり危ない目にあった男がいても、おかしくない。
それで長い年月をかけて、こういう仕組みになったのだ。当然、大旦那の刀侍ならその歴史を知っている。
「なのに、何故入れ替えた? 普通に考えれば、そっちの方が危ないことは分かっていたのに」
刀侍は答えない。揚げ足をとられないように、言葉を探している様子だった。流石商売人だけあって、頭の回転は速い。
「あんたが新しい婿と接触しているのを見て、かわいがっていると思っている人もいたがね。あんたには全くそんなつもりはなかった。うまく彼をたきつけて、婿入りさえしてしまえば安心と思い込ませ、目印のない珠を必死に探させるのが目的だった」
暗い海の中で、なかなか珠は見つからない。夫は毒魚がいるとも知らずにあちこち動き回り──体のどこかを刺される。そうなったら、解毒剤も医者もいない島ではまず助からない。
刀侍はそれを聞いて、鼻を鳴らす。
「そんな情熱長くは続かん。見つけられなければ戻ってくる。大抵の人間はそうするだろう。分の悪い賭けだと思わんか?」
「あんたが噛んでいれば、そうでもない。強がったところで、彼には家の中に地盤がない。こつこつ修行して大旦那になる道も、ご両親や使用人たちを怒らせて失った。もしお孫さんの愛情が冷めてしまえば、誰にも頼れないのは分かっていただろう」
だからこそ虎杖は、刀侍が差し出した安易な解決法にすがった。誰も文句が言えない大旦那の歓心を買うために。
刀侍は状況を全て分かっていて、仕組みを完成させたのだ。天霧はそこに、得体の知れない悪意を感じる。
「後は遠いところで、彼が刺されるのをじっと待っていればいい。翌日には死体が発見されるというわけだ」
「ははは、君の話も途中までは面白かったがな。失念していることがあると思うぞ」
「何か?」
天霧が水を向けると、刀侍は嬉しそうに話し始めた。
「私が下手人だとするなら、あの魚はずっと洞窟の中にいたことになる」
「ああ。図体の大きい魚が出入りできるような構造じゃないからな」
「私は事件が起きてから、一度も島へ行っていない。仮に犯人が私なら、調べに入った君たちが魚を見つけたはずだ。海の中は調べたんだろう?」
天霧も、そこは素直に認めた。
「形式に則り、刑吏たちが隅々まで潜った」
「そこで何も発見できなかったのなら、私の無実は──」
「刀侍とやら。あんたも段々呆けてきたな」
天霧は羊の皮を脱ぎ、暴言に固まっている刀侍に襲いかかった。




