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闇の中の黒幕

 七扇はそんな天霧を見て、鼻を鳴らした。


「あら、毒物ならそっちの専門じゃないの」

「茶化すな。知らないことは専門家に聞くものだろうが」

「それもそうね」


 まだ怯える紫苑しおんを後ろにかばいながら、天霧あまぎりは淡々と頁をくっていく。そして、本の山の中からもっと読んでみたいと思った数冊を選び出した。


「借りるぞ」

「くれぐれも、貸すだけよ。無事に返さなかったら、どうなるか……」

「分かってる、ありがとう」


 後が怖いからな、という言葉をのみこんで礼を吐き出し、天霧は部屋を出た。尊敬すべき学者なのだが、人当たりが悪くて損しているのは己と同じだと思う。


 呼び笛を吹くと、百日紅さるすべりがもったいぶって天井からゆっくり姿を現す。


「ご命令は」

「ある時計商の家人が、これを買っていないか調べてくれ」


 百日紅は品目を聞いて、顔をしかめた。


「また特殊なものですねえ。闇商人たちはなかなか口を割らないから、金子がたくさん要りますよ」

「将軍の依頼だ。上から出させる」


 彼が渋るのは分かっていたので、天霧はあっさり言った。


「それに、商人と取引してるとは限りません。足がつくのを嫌って、自分でやったかも。そうなったらお手上げです」

「……その可能性はかなり低いだろう。犯人は集団の中で生活しているから、何日も家を空ければ誰かが必ず気付く。たぐるのは大変だが、収穫はあるはずだ」

「はい」

「あと、調べが終わったら頼みたいことが二つある」

「はい?」

「いずれも大事なことなんだ」


 天霧が具体的な行動を指示すると、百日紅は首をひねりつつもうなずいた。



☆☆☆



「奇妙な悪戯?」


 翌日、天霧たちは刑吏を連れて瑠璃るりの家へ赴いた。大人数な上に、いきなり変なことを言い出した天霧に、長雨ながさめが顔をしかめる。


「いえ……別に変わったことは」


 奥歯に何かはさまったようなものの言い方だ。百日紅がうまくやったことを確信しつつ、天霧は言葉を重ねる。


「この近辺でいくつかやられているのですよ。盗みはしないのですが、売り物の貴重な品に細工をしてしまい、使えなくしてしまう」


 長雨の目が、きょろきょろと左右に動いた。隠し事があると白状しているようなものだ。やはり、妻あっての商家という評判は正しい。


「我々も手をこまねいているわけにはいかない。高級細工に詳しい面々をそろえ、こうして調査している。ざっとでいいので、中を拝見してもよろしいか」


 天霧は高圧的に言った。お願いしているようにみせかけて強制する、官吏特有の物言いである。


「……はい」


 逆らっても仕方無いと判断したのか、長雨が一行を招き入れる。刑吏たちは難しい顔をしながら、時計を検分するフリをした。


「壊すなよ」


 美術工芸品に詳しい者などいないし、近隣被害も嘘だ。百日紅が仕組んだ『悪戯』が機能しているか、確認するためだけの行脚である。そのために、わざわざ時間を調整してきたのだ。


「天霧様、奇妙なものが出てきました」

「ほう」


 時が進むと、一人の刑吏が声を上げる。計画通りだ。天霧は何も知らない顔をして、その声の方へ向かった。


「おや、洋風時計が……」


 天霧は壁にかかっていた時計を指さした。昨日、鳩が顔を見せていた一品である。しかし今日は勝手が違っていて、妙な物がぴょんと飛び出していた。


「……なんだ、これは。妙な改造だな」

「分かりません」


 鳩の代わりに出てきたのは、全身が醜いイボに覆われた不機嫌そうな顔の魚だ。今にも食いつきそうに口をあける人形。好き好んで欲しいと思う人間がいるとは思えない。


「被害があったようだな。どこから入りこんだものか」


 天霧が言うと、長雨はすねたように口をすぼめた。


「そんな、不用心のように言わないでいただきたい。被害といっても……人形がつけ変わっていただけですから。元々あった鳩細工は、ちゃんと廊下に置いてありましたし」

「この魚は、この家に元々あった人形か?」

「まさか。頼まれたって作りませんよ」


 長雨は天霧の会話に乗ってきた。天霧は内心済まなく思いながら続ける。


「そうなると、わざわざ外から持ってきたことになる。奇妙な侵入者だ……これだけ周りに高級品があるのに、目もくれない。しかも物を置いていくとは」

「……どう扱ったものか、家の中でも意見が割れまして」


 大店は常に注目されている。届けを出せば刑吏がやってきて、大騒ぎになる可能性が高い。納品が出来なくなれば、予定が狂ったと怒る客もいるだろう。


「家内は届けるべきだと言ったのですが……また父が、どうでもいいことだと反対しましてね。結局負けて、桐は今ふて寝をしてますよ」


 そう言いながら、長雨は壁にかかった写真を見る。大旦那は今日も、厳しい顔で廊下をにらみつけていた。



☆☆☆



 夜更けの浜。いかにも波と遊ぶのに良さそうな砂場を、一人の男が歩いている。男は忙しげに砂場を通り過ぎ、切り立った岩の方へ向かった。いかにも人が寄りつかない、寂しげな場に身を隠して息をつく。


 そして、彼は岩の一つから海中に向かって伸びる太い縄に手を伸ばした。力をこめてそれを引くと、金属製の籠が上がってくる。


「うっ」


 男が引き上げた籠は、空だった。男の低い唸り声が、海辺にこだまする。


「そんなに意外でしたかね」


 天霧はその瞬間を見逃さず、男に声をかけた。口元が意地悪くつり上がっているのを自分でも感じる。


 警戒し、首を忙しなく動かす男に向かって、天霧はさらに続ける。


「職人一家の大旦那が、空っぽの籠くらいで驚かなくてもいいでしょう」

「誰だっ」

「二度、ご自宅にお伺いした毒殺官ですよ。いずれもお目にかかれませんでしたから、覚えてなくても無理はありませんがね」


 天霧が言うと、大旦那──刀侍とうじは舌打ちをした。切れ長の目に整った顔立ち、それに短く切りそろえられた純白の髪が印象的な男だ。彼の様子に物腰の柔らかさはなく、すでに敵と判断されている。


「いきなり毒殺官、しかも黒衣の者が来たというのでおかしいと思っていた。あの悪趣味な細工は、お前がやったんだな」

「いいえ。私ではありません」


 天霧は真面目に言った。忍び込んで細工をしたのは百日紅である。嘘はついていない。


「……まあ、いいじゃありませんか。金銭の被害もなく、怪我人も出なかったんだから。それより私は、あなたがここにいる方が不思議ですね」


 天霧は不満を黙殺し、そう語る。いよいよ刀侍は返す言葉に詰まった様子だった。



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