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海が抱く小屋

 入り口には重い閂がかかっていたし、窓も空気取りのものしかない。普通なら、人外の者か空気くらいしか通り抜けできない状況である。確かに、妙だ。


「いい質問だ。何かの仕掛けを使ったか、うまいこと言って二人に開けさせたか……これに関しては、じっくり現場を見てみよう」


 現場の小屋は、非常に特殊な場所に建っていると資料にあった。実際に調べてから判断しても遅くない。天霧はさらに紫苑に聞いた。


「他には?」

「えっと、殺されたという前提で話をしますが……何故、男の人と女の人で、違う殺され方なんでしょうか」

「確かに人を殴り殺せる凶器を持っているなら、両方それで狙えば済むな」

「しかし、男性と女性では体力が違います。毒があるなら、先に男に一服盛っておいた方が楽ですよ」


 枸橘が言った。


「なるほど。その毒で男が死んでしまったので、悠々と女を狙えたわけか。毒を飲ませずいたぶるつもりだったのか?」

「しかしそれなら、女の体に傷が少なすぎます。脳天への一撃だけですからね」


 普通、自分の夫を殺した侵入者が近づいてきたら、背中を向けて逃げようとするだろう。間合いに入られるまで、ぼけっと正面を向いたまま固まっているわけがない。


「やはり女性も、毒を飲んでいたのでしょうね。それなら動きは鈍いはず」

「いや待て。男が死んだのなら、女もいずれ死ぬとわかっていたはず。何故女だけ殴り直した」


 天霧が聞くと、枸橘は海を見つめながら言う。


「よくある嫉妬ではないですか? 夫の方は大変もてたみたいですし、勝手に懸想している女がいても不思議ではないでしょう。それか、浮気をしていたとか」

「その可能性は捨てきれないな」


 彼女の案を受け入れてから、今度は天霧から発言した。


「娘についてきた供の者も疑ってはどうだ? この中に、娘に懸想していた者がいるかもしれん」


 殺人だとしたら、供の者の疑いが最も濃い。彼らなら島と本土を行き来しても不自然ではない。下調べをして、犯行に及ぶことは可能だ。


「使用人になら、二人も閂を開けるだろう」

「あとは殺すだけ。どうやって再び閂をかけたかは謎のままですが……」


 大人たちが納得していると、紫苑しおんがしょんぼりと肩を落とした。


「この前も、さらに前もそうでしたけど……下の者が乱心する事件ばかりですね。みんな、ひどい目にあっているんだと思うんですけど、どうしてそんなこと……」


 上を敬うようにしつけられた紫苑は、本気で悲しんでいる。自分は恵まれているな、と天霧は思った。


「下が上を誠心誠意敬うのも大事だが、上は誇りを持って下を慈しまねばな。それを怠れば、恨みが生じても仕方あるまい」


 上の者は、合わないと思えば避けることも悪口を言うことも罰を与えることもできる。だが、その逆はありえない。媚びまではしなくていいが、気遣いが必要とされるのは上の立場なのだ。


 それを聞いた紫苑はうなずいた。天霧は話を元に戻す。


「しかし書類によると、名前がわかっている供の者だけで百人近くいる。いちいち当たるのも苦労しそうな数だ」

「虱潰しにかかるしかないですね」

「接するときは、相手の言動に注意してくれ。烏の息がかかっているかもしれないからな。不審な動きを見せた相手がいたら、必ず俺に報告すること」

「はいっ」

「心得ております」


 天霧が言うと、枸橘と紫苑の顔が引き締まった。


「……天霧様、間もなく現場に到着します」

「それでは、後はそこで話そう」

「僕、先に行って準備します」

「ゆっくりでいいぞ」


 天霧が声をかけても、紫苑は小さな足を必死に動かしていた。しかしその足が、不意に止まる。


「あ」

「どうした?」

「いや、なんでも……」


 紫苑は顔をしかめる。しかし天霧がせっつくと、ようやく打ち明けてくれた。


「花婿が探す珠があるって言ってましたよね。現場で回収された物品の中に、それがなくて。どうなったのかなあ、って思って……単なる興味本位なんですけど」

「確かに。儀式が済んでいるのなら、小屋周辺にないとおかしいが……」


 その発想はなかった。天霧は低く唸る。目指す答えに辿り着くきっかけになるかもしれない。


「気をつけて探してみるとしよう」

「しかし紫苑。海中を転がっていっただけかもしれませんから、あまりうるさく言ってはいけませんよ」

「はい」


 枸橘に釘をさされて、紫苑が肩をすくめる。だが、天霧はその指摘について、ずっと考えていた。



☆☆☆



「これはまた、大した造りだな。めったに使わない儀式のためにあるとは思えない」


 天霧は素直に漏らした。


 海沿いの崖に口を開けている大きな洞窟。その内部を覆い尽くすように、しっかりとした木製の家屋が建っている。小屋と聞いていたが、丈夫そうな木材をふんだんに使った豪勢なものだ。


「これでは外から入れませんね」

「家屋の最奥から、洞窟の奥へ出れば海水がたまっているらしいが……そこから人が出入りするのは無理だろうな」


 小屋の屋根は、洞窟すれすれにまで達している。入り口の扉を突破しなければ、室内には辿り着けないだろう。無力な人間をあざ笑うかのように、隙間から風が吹く音がした。


「とりあえず、入ってみるか」


 扉の残骸はすでに片付けられ、見張りの刑吏が立っている。ずっと現場を守っている彼に自己紹介してから、天霧は屋内に足を踏み入れた。


 思っていたより室内は物がなく、がらんとしている。床の所々についている黒い染みがなければ、ここで人が死んだと言っても誰も信じないだろう。怖がっていた紫苑も、普通に動き回り始めた。


「泊まるのに必要なものはそろっていますね。最低限ですが」


 枸橘が言う。


 部屋の中にあるのは簡素な寝台ふたつと神棚、壁に申し訳程度についた物入れくらいだ。本の類も、装飾品もまるでない。


「君、ちょっと聞きたいんだが」

「はっ、何でもどうぞ」


 天霧が声をかけると、緊張した顔で見張りの刑吏が入ってきた。


「ここに最初に入った時、室内はどんな様子だった?」

「神酒やわけのわからん札が散乱したり、壊れた棚が転がってたりですね。なんだか異様な雰囲気でしたよ」

「棚は片付けたのか」

「はい、もう粉々でしたので写真を撮って……現物はもう運び出されてます」


 刑吏はうなずく。確かによく見ると、壁の中程、天霧の肩あたりに小さな穴があいていた。あそこについていたのだろう。


「記録にもある通り、貴重なものはありませんよ。現場の写真にも映ってません」

「それを見せてくれ」


 写真は少し離れた仮設の捜査場にあるため、刑吏が取りに行ってくれることになった。彼が出発する前に、天霧は聞いてみる。


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