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既成事実が事件を呼んだ


「海っていいよなあ」

「確かに、興味深い対象ではあります」

「お前知ってる? 外国では、『みずぎ』という、ほとんど裸みたいな服があるそうだぞ」

「知りませんでしたが、今まで特に支障もなく生きて参りました」

「いやー、お前人生の半分損してるね。仕事の実績だけ重ねてたってつまんないぜ」

「……上様」

「おう」

「懲罰覚悟で話を切ったわけですが、どのようなご用件で毒殺行にいらっしゃったのですか」

「あー、そうだったそうだった」


 将軍は大口を開けてがははと笑う。公式な場ではかしこまっているが、素はこういう人なのだ。天霧は努めて固い表情を作った。


「実はな、ちょっと気になる変死があるんだ」

「上様、おそれながら」


 物言いたげな天霧あまぎりを、将軍は手で制する。


「わかってるよ。お前の仕事はあくまで、毒殺に関することだけだ」

「ご理解いただけているようで、安心いたしました」

「しかしなあ、お前はこのところ二件も殺しを解決している」

「一件は、馬が死んだだけですよ」

「それがいつの間にか、いろんなところに広まっていてなあ」


 将軍は、天霧の抗議をさらっと聞き流して続ける。


「いやあ、有能な部下を持って俺も鼻が高いぞ」

「……特に口止めもしませんでしたからね」


 今になって、それが間違いだったと知った。しかし、もう噂を消して回るには手遅れである。


「不審な死があると、非公式に俺に相談があってな。全てを無視するわけにはいかん俺の立場、分かってくれるよな。今回はもしかしたら、毒絡みかもしれんのだ」


 将軍はうるんだ目で天霧を見つめた。


「上様、目薬をさす時は他人がいないところでなさいませ。かわいらしさを狙っても無理がありますよ」

「おっと」


 将軍は何食わぬ顔で、薬を懐に入れた。……叩きだしてやりたいところだが、天下人にそれはできない


「……困りましたね。本業に差し支えます」


 毒殺刑が下されることがそう多くないから、天霧が暇だと思っている者は未だに居る。しかし一つの仕事を滞りなく進めるには、十の準備と百の勉強がいるのである。中途半端なことでは、かえって周りに害が及ぶ。


「しかし、これが毒だったとしたら放っておけんだろ。性格的に。それに、お前には恩返しをしてもらわなきゃならんしな」


 しかしそれを説明してもなお、将軍は痛いところをついてきた。


「まあ……」

「刑吏が殺しか自然死か、迷うような案件だぞ。烏絡みかもしれん」

「くっ」


 天霧はため息をついた。どの道、目の前にいるのはこの国の最高権力者である。やれと命令されてしまったら、はじめから選ぶ権利など、ありはしないのだ。



☆☆☆



「そんなことになったんですか」

「役人というより三人組の探偵、として覚えられていたらしい。口止めしておくべきだったな」


 気楽に権力を振り回すものではない、と天霧は痛感していた。枸橘も同感のようで、困惑の視線を投げてくる。


「でも、格好いいじゃないですか。謎の探偵なんて、活劇みたいです」


 思い切り盛り上がる紫苑しおんに対して、天霧は苦笑いした。子供はどうして、活劇が好きなのか。何かを追い求める姿に、好奇心が刺激されるのだろうか。


「探偵だって」

「俺たちに内緒で、そんな面白そうなことを」


 心の中できれいにまとめようとしたのに、部屋の隅から余計なのが対になってやってきた。尋唯ジンユイ流真リュウシンだ。天霧の眉間に、深い皺が寄る。


「同じ官のよしみで遊びに来てやったぞ」

朴木ほおのき様に押しつけたつもりだったんだが」

「今日は休みなんだ」

「なんでこう、面倒なのを二人そろって休ませるんでしょう」


 枸橘からたちがつぶやく。きっと朴木も、週に一度くらいは馬鹿の顔を見なくていい安息日が欲しいに違いない。


「それより探偵だ。俺たちも仲間に入れてくれ」

「ダメ」


 天霧はにべもなく言った。


「なんだとぅ」

「横暴だ」

「とにかく駄目だ。無茶を言ってるのはそっちだろうが」


 ぽんぽん暴言を吐く異国人を、天霧はねめつける。


「ひとつ、これは結果的にそうなっただけであって、俺たちはあくまで毒殺官だ。他の部署の人員まで引っこ抜く権利はない」


 朴木だって、人員の配分には気を遣っている。他の部署が決めた区分けに下手に口出しすれば、改善した関係がまた悪化しかねない。


「ふたつ、お前たちは探偵に向いてない」

「不当な評価だ!!」

「同士ではなかったのか!!」


 抗議が激しくなったので、天霧はこめかみを抑えた。


「二人とも、考えてることが表に出すぎだ。今みたいにな。これはとてもよろしくないぞ、犯人が次の手をうちやすくなってしまうからな」


 天霧が言うと、大男たちがやや肩をすぼめた。さっきの対応を考えたら、「嘘だ」とも言えないのだろう。


「そして、目立つ」


 二人とも周りより頭ひとつ身長が高く、その上赤髪と黄髪だ。黒髪黒目が多い子の国で、こっそり調査をしろと言っても無理だろう。


「というわけで、余計なことは考えず、ゆっくり体を休めたまえ。解散」


 天霧がしっしっと手を降ると、大男たちはようやく部屋を出て行った。枸橘が無表情のまま塩を撒き、紫苑が扉を閉める。


「二人とも、それが終わったら来てくれ。なかなか、ややこしい案件だ」


 気を取り直した天霧は、将軍からもらった資料に目を通す。枸橘と紫苑はその内容を聞くために、天霧の目前にある卓について背筋を伸ばした。


「事件のあらましはこうだ。若い男女が、そろって孤島で死んでいた」


 二人は夫婦であった。それだけなら別にどうということもないが、組み合わせが異色だ。


 女性の方は、代々続く裕福な時計職人の娘。名を瑠璃るりという。それに引き換え、虎杖こじょうと名乗っていた男は食うや食わずのなめし皮職人。血をかぶる仕事のため、『穢れがうつる』と遠巻きにされることも多い立場で、とてもではないが娘と釣り合う条件ではない。


 ただこの男、絶世の美男だった。長い髪は男性にしては珍しいが、それがとてもよく似合っている。


「確かに、写真で見ても吸い込まれそうになりますからね。この黒い瞳が、なんとも賢そうなこと」


 何もかもに点が辛い枸橘も、手放しで褒めていた。


「実物はもっとすごかったらしい。ただ、その美貌が彼のために良かったかはわからん」


 店を開けば、虎杖を見ようといくらでも女客がやってきた。だが、それはあくまで『彼と会話がしたい』だけで、『商品を認めている』わけではない。皮肉な事実を気にして、ずいぶん荒れた時期もあったようだ。


「そんな彼を立ち直らせたのが、おっとりしたお嬢様の瑠璃だったと」

「今度はおとぎ話のようですね! しかし、そもそもどうやってお会いになったのでしょう」

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