表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/52

事前準備が全てのキモ

「よって今回は、ただの同居人への犯行。しかも殺害には至っていませんから、数年の服役で済むでしょう。黙ってそれを受け入れて、これから入る養老院でも探すことですな」

「そんなことができるわけがないわッ」

「いやあ、どうでしょう。私、それなりに顔が広いのですよ。言い訳の天才とも呼ばれていますし」

「ふん、あんたの知り合いが何さ。私にはもっと上の」


 話し続ける金盞きんせんの前に、天霧あまぎりは鈴をぶら下げた。よく出回っている鈴と違い、からんからんと重みのある音がする。天霧はわざとらしく鈴を回し、金盞に見せつけた。


「何よそれ……え」


 金盞の言葉が、途中でぴたりと止まった。


「穴のない鈴。作るのには特殊な技術が必要な上、持ち歩くには許可がいる」


 天霧は、金盞に顔を近づけてすごんだ。圧倒的な力の差があることを、よくよくこの婆さんに教え込んでおかなくてはならない。


「誰の許可かはお分かりですね」


 金盞は上半身をひねり、天霧と目を合わせまいとした。彼女の目の縁が、確かに赤くなっている。それを見て天霧は溜飲を下げた。


「これからどうするのが得か……せいぜい一人でじっくり考えてください。その悪い頭で」


 天霧は捨て台詞を吐き、ゆっくりと金盞に背を向けた。


薄雪うすゆき様、行きましょう。あなたもお忙しいでしょうし」

「はい」


 薄雪はうなずき、二人は離れを後にする。罵声が降ってくるかと思ったが、金盞はひたすら無言のままだった。


「ふふっ」


 並んで歩く薄雪の軽い足音に混じって、小さな笑い声が聞こえてくる。薄雪は、さっきとはうってかわって子供のような笑みを浮かべていた。


「あの吠え面が、そんなに面白かったですか」

「違いますわ。驚いたのです。あの義母が、口をつぐんで自分の非を認めるなんて、と思って」

「認めてはいないでしょう」


 性根というのは、そうそう変わるものではない。今だって、金盞は計画に参加した使用人たちの一人一人をつきとめ、八つ裂きにして復讐してやりたいと思っているだろう。


「それに歯止めがかかったのは、恐れがあるからです」

「恐れ?」


 天霧は、懐の中の鈴を手でいじくった。この鈴は、将軍の鈴である。好色なおっさんにしか見えなくても、やはり背負っている権力は絶大なものがある。借りができたな、と天霧は苦笑いした。


 しかし、このことを薄雪に言うわけにはいかない。将軍が特定の官に肩入れしたことが公になったら、それはそれで悪い前例として残ってしまう。


「──私の顔が、怖かったんでしょう」


 天霧は一拍おいて、真顔で言った。薄雪が笑う。


「そういうことにしておいた方が、いいのでしょうね」

「助かります。あなたにも借りが出来た」

「ならば……捕まった使用人たちの件、くれぐれもよろしく」

「必ず」


 深々と頭を下げる薄雪に向かって、天霧はすぐに誓った。



☆☆☆



「で、結局彼らはどうなったんですか」


 忙しなく書面をめくりながら、枸橘からたちが聞いた。


「主犯とされた庭師一人は短期間の遠島流しになったが、後は服役と罰金で済んだ。落としどころとしては妥当だろう」


 遠島になった庭師も、数年経てば戻ってくるだろう。向こうでも、丁寧な扱いが保証されているはずだ。


「家の方は?」

「それも、すっかり落ち着いたそうだ」


 金盞は養老院に入り、そこでもぶちぶち言っているらしいが、もはやまともに聞く人間はいない。あんなに仲の良かった取り巻きは天霧が流した「将軍ににらまれた」という噂によって、きれいにいなくなってしまった。


「新しい主のもとで、再出発ということですね。……あのしきみはもう抜かれたのでしょう」

「必要ないからな」


 緑の毒樹は、役目を終えた。これからは、新たな花があの門を彩ることになるだろう。そうなった時に、また訪れてみたい。天霧は自分の頬が緩むのを感じていた。


朴木ほおのき様はどうだ?」

「早くも完全復活ですよ」


 今まであった頭痛が嘘のようにすっきりした、と本人はとてもご機嫌だ。たまっていた仕事の山も、間もなく消え去りそうであると紫苑しおんが言っていた。


「おかげであの二人も、こちらへ来る暇も無いようです。大変喜ばしいことですね」


 朴木は、二つ返事で尋唯じんゆい流真りゅうしんを受け入れてくれた。これからばりばり鍛える、という言葉に嘘はないだろう。枸橘からたちは当初の目的が達成されて、とても嬉しそうだった。


 全て落ち着くべきところに落ち着いて、なべて世は事もなし──そう思いたかったが、天霧は心のどこかに引っかかるものを感じていた。なんだろう……何か大事なことを忘れているような気がする。


 天霧は宙をにらんだまま固まった。その目前に、枸橘が大量の巻物を置く。


「お仕事ですよ。さぼっていたら溜まるのは、うちでも一緒ですからね。竜馬の二の舞は困ります」

「分かった分かった」


 厳しい部下に見守られながら、天霧は一番上の巻物に向かって手を伸ばす。


「あっ、ちょっと待った」


 その手を、いきなり横からつかむ者がいた。誰かと思えば将軍である。今日の将軍は街の物売りのような格好をしてしゃがんでいるので、さすがの枸橘も注意しかけて絶句していた。


「……離していただけませんか」

「ダメ」


 将軍は天霧に向かって、不敵な笑みを浮かべる。


「そもそもなんでここに。将軍は座して動かずという建前はどうなったんですか」

「建前は建前。お前には貸しがあるからな」

「あ」


 そういえば、鈴を借りるときにそんな会話をしたような気がする。引っかかりの原因はこれだったのだ。


「仕事の追加でしたら、優先的にお受けしますが……」

「はっはっはっ。何をバカなことを言っているのかなあチミは。男が二人で行くとしたら、いいところしかないだろうが」

「破廉恥な……あ」


 天霧は勝手な将軍に引きずられていく。今日は飲み屋を渡り歩き、酔っ払った将軍の尻ぬぐいをすることで終わるのだろう。やたら明るい朝の光を浴びながら、天霧はため息をついた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ