資格なきものは去れ
ここまで聞いて、天霧は目を伏せた。
「頃合いだな、連れていけ。ただし、丁重に扱うように」
「はっ」
青い顔をした使用人たちの手を、医官たちが引いていく。覚悟を決めた彼らに逃亡の様子はなく、作業はすぐに終わった。
「すみませんが、家中の人たちに事情を話していただけませんか。他に計画に加わった者がいれば、自ら名乗り出るよう説得してください」
天霧は薄雪に言った。今、手を上げた者は悪いようにはしないと添える。すると彼女は固い表情でうなずいた。
「わかりました。必ず」
「よろしくお願いします」
「待て」
そこに割って入った者がいた。朴木が、怖い顔をますます怖くして天霧の肩をたたく。
「今回はすまなかった。諸々の件、素直に感謝している」
「正面切って言われると照れますね」
「……だが、彼らの処遇は本当に大丈夫なのか?」
「処遇と」
「とぼけるな。たとえ未遂に終わったとしても、主に手を出せば死刑拷問は免れん」
「この前は流罪で済みましたよ」
「それは、主も従者も外国の人間だったからだ。常識を知らず、この国の法にはあたらないとされたからだ。しかし、あいつらは違う。お前にはわかっているはずだ。あんなに安請け合いしても、後からあの純朴な連中を絶望させる結果になるのではないか?」
いぶかしむ朴木に向かって、天霧は笑いかけた。
「そこはまあ、色々と根回しがありますので。私は、過去の実績もありますし」
☆☆☆
それから数日後、天霧はとある高級療養所の中に居た。広い敷地の中、一室一室が離れになっていて、周りを気にすることなく話ができる。
「失礼しますよ」
天霧は扉から声はかけたが、相手の返事は待たない。まるで強盗のようにずかずかと、部屋の中に踏み込んだ。
「まっ」
その所行に、寝ていた金盞が目をつり上げる。彼女は衝撃のためか、顔を真っ赤にしていた。
「女性の寝室に、無断で入るなんて。両親から何を教わったのかしら」
「はは、尊敬すべき女性にはちゃんとそうしますよ」
天霧があからさまに挑発を口にすると、金盞は骨張った指で布団を握り締めた。
「なんて言い草かしら。調子に乗ってそんな口をたたく暇があるなら、私に毒を盛った人間を捕まえてらっしゃい」
「もう終わりました」
天霧が言うと、金盞の呼吸が一瞬止まった。
「犯人は、お宅の使用人たちでした。あなたの仕打ちに耐えかねて、団結してことを起こした。自白もとれています」
「ちっ」
薄々感づいていたのだろう、金盞は悔しげに爪をかんだ。嫌われているという自覚はあったようである。
「捕らえたの」
「ええ、確かに」
「主人への危害は、最も罪が重いのよね」
「おっしゃる通りです」
天霧が肯定すると、金盞は口元に笑みを浮かべた。憤っていたことはすっかり忘れ、犯人たちへの復讐を考えるのに集中している。
「鋸引かしら、張り付けかしら。いずれにしても、ろくな死に方ではないはずよね」
金盞は、天霧の存在を忘れたかのように乙女のような仕草で手を組む。対して、天霧は冷ややかな目でそれを見ていた。
「本当に主人殺しなら、そうでしょうね。今回の場合は、あてはまりませんが」
「は?」
天霧の一言が、金盞の顔面から表情を奪い去った。驚きの後に、金盞は憤怒の表情となる。
「どうしてよ。あいつらの主人は、私でしょう」
「違います」
天霧はきっぱり否定してから、扉に向かって声をかけた。
「どうぞ」
それに応じて、薄雪が入ってきた。今までのように怯えた様子はなく、まっすぐ背筋を伸ばしている。華美ではないが高価と分かる仕立ての良い着物が、彼女によく似合っていた。彼女の祖母からの贈り物だという。
「ごきげんよう」
「あ、あんた……嫁のくせに、ずいぶん大きな態度になったじゃない」
金盞は今にもつかみかかりそうな勢いで、指を曲げ伸ばしした。この期に及んで、まだ状況を理解していないのだ。
「私が倒れたからって、いい気になるんじゃないわよ。あんたの味方だった使用人たちも、もういないんだから」
「……言葉を慎みなさい。ただの愚女の世迷い言として片付けるにも、限界がありますよ」
薄雪がぴしゃりと言った。反射的に、金盞の肩が強ばる。
「な、何よ」
「全ての使用人たちから、あなたに受けた仕打ちの聞き取りを行いました。あまりに勝手すぎる振る舞い、この程度で済んでよかったと思うべきです。今後一切、我が家の敷居をまたぐことは許しません」
薄雪の前身から、怒りの気が立ち上っている。それをまともに受けた金盞は、目を白黒させた。
「あなた。天霧とやら。官吏なんでしょう」
「そうですよ」
天霧は苦笑しながら言った。
「この勝手な女を、黙らせて」
「別に勝手ではないでしょう。当主がある程度大きな口をきくのはよくあることですよ」
「当主は私よッ」
「──それを誰が認めているというのですか?」
いよいよ、天霧はとどめを刺しにかかった。
「あなたは家の中で最年長です。ただ、それだけの話。なんの役割も果たしていないし、なんの責任も背負っていない」
天霧は薄雪の方を見た。
「対して彼女は、速やかに使用人たちに面会した。そして罪あるものには出所を促し、そうでないものには家を守れるよう配置を見直した。あの短期間で、なかなかできることではありません。あなたの息子など、感心しきりでしたよ。母に言われるまましかできなかった自分とは違うと言って」
使用人たちの主は、金盞ではない。彼らの心を掌握している薄雪こそふさわしい。天霧はそう確信していた。