7話
『今日の12位 双子座 何だかツイてない1日。誰かの口車に乗せられちゃいそう。うまい話には要注意。』
無料の占いサイト、ここまでは見事的中。
ここで読むのをやめておけばよかった。
『開運ポイント 古民家風のお店』
これ。
これを信じたのが間違いだった。
THE古民家風のお店に来ているが、開運の兆しは一切見られない。
開運どころか、まんまと口車に乗せられ、800円損失してしまった。
「あと1つ、人を操る能力は試さないんですか?」
開運ポイント……のハズの古民家風のお店『あやしや』、その店主 妖屋 閑奈さんが小首を傾げる。
「人を操る能力って、あれですよね? うまいコト言って、誘導する、的な。」
「…………」
「『1年に1度、あるかないかのラッキーデーだから、宝くじ買いに行け』って、オレを追い返した、あんなヤツ。」
「…………」
沈黙を貫き、ただただ笑顔の閑奈さん。
心を読むメガネがなくてもわかる。
答えは『YES』だと。
「うわあああぁっ! 3プレイ500円の前に、1プレイ200円でアームの強さを確認すべきだったーっ!」
「……聞き捨てなりませんね、それは。」
今までにこやかだった閑奈さんが、ムッとした顔に変わった。
「プライズ掴む力皆無に設定された、インチキゲーム機と同じ扱いをされるのは心外です。」
「心外も何も、事実──」
鼻先にピッと人差し指を突きつけられる。
「1つ目の、心を読む能力、体験しましたよね? そして、実際、心を読むことができましたよね?」
「で……できたけど……」
「そう、ご自身でこの能力は要らないと判断しただけ。」
「うっ……」
確かにそうだ。
「2つ目、時間を戻す能力、残念ながら実感はできなかったようですが、確かに戻っていたんです。」
「でも、5秒戻れるようになるまで、1ヶ月も訓練が必要って、果てしなさ過ぎでしょっ!?」
「才能もない平々凡々な人間が、努力もしないで特殊能力を使い熟そうなど言語道断っ!」
「ううっ……」
めっちゃディスられてるけど、ごもっともだから、返す言葉がない。
それに気付いたのか、閑奈さんはハッとして、慌てたように突きつけていた指を引っ込める。
「私ったら、お客様に対してなんてことを……」
ペコッと頭を下げる閑奈さん。
「声を荒らげてしまってすみません。プライズ取らせる気ゼロのクレーンゲームとはワケが違うってコト、わかってもらいたくてつい……」
トーンダウンして、椅子に座り直し、閑奈さんは目を伏せた。
だよな。
要らないとか、無理だとか思ったのはオレの都合で、能力自体はちゃんと試せたんだから、悪いこと言っちゃったな。
「あの……オレのほうこそゴメ──」
「あちらは景品をなかなか取らせないことで利益をあげているのに対し、当店はもちろん、大抵のお店は、ドンドン買ってもらうことで利益をあげる。ほら、全然別物じゃありませんか!」
「……ん?」
怒りポイント、そこ?
「薄利多売なんてケチなことは言いません。当店のモットーは『厚利多売』! 高額商品を大量に売りまくれっ!」
「厚……なんすか、その四字熟語!?」
「先祖代々伝わる、ありがたい造語です。」
「造語かいっ!」
「インチキ商品だろうがなんだろうが、売ってナンボです!」
「やっぱインチキ商品なの?」
「そんな些細なコト、この際関係なくないっ?」
「いや、些細などころかめっちゃ重要だし、関係なくなくないっ!」
「たとえ、人を操る能力がインチキだったとしてもっ!」
「うわっ、はいっっ!?」
先ほどとは少し違うテンションで再び立ち上がる閑奈さん。
「もう、料金は支払っているんだから、試さないなんて損ですよっ!」
「! た、確かにっ!」
「試すお馬鹿に帰る馬鹿 同じ馬鹿なら試さにゃ損損、て言いますよねっ!」
「はいっ! 言いま……せんね。少なくともオレは知らない……」
「私としても、損した感ハンパないまま、お客様をお帰しできませんし。」
「えっ?」
なんだかんだ言っても、客の気持ち、ちゃんと考えているんだな。
「このままお帰ししてしまったら、店を出た瞬間にスマホで『この店、マジ詐欺(゜Д゜)、ペッ』などと、お店の写真付きでつぶやかれ、瞬く間に拡散、お店の評判がた落ち必至ですからね。」
「お客様ファーストじゃなく、やっぱりお店ファースト!」
「お試し料金の800円で終わってしまっては、商人の名折れ。」
「商人じゃなくて、守銭奴の間違いじゃないですかっ!?」
「せめて1品、あわよくば3品全てお買い上げいただけるよう、全身全霊でプレゼンするので、まんまと術中にハマってください!」
「特殊能力なんて必要ないほど、心の声がダダ漏れですよっ!」
オレも思わず椅子から立ち上がったその瞬間、
フッ
「!?」
冷たい風が一瞬吹き抜け、店内が暗くなった。
「ロウソクの火が……」
「私達が白熱したのを感知したエアコンが出力を上げたようですね。そのせいで、ブレーカーは落ちてしまいましたが。」
「──っっ!」
そうだった、行灯じゃなくて、灯火風LEDライトだったっ!
「お客様がいらしてるんですよ。ブレカ、頑張って復活して。」
店に灯りが戻る。
「エアリーも、風力は上げずに再始動ね。」
ピピッと音がして、空気が流れる。
これって……
「声に反応する家電ってヤツですか? 古風な見た目に反して、最先端だなぁ。」
「いいですよねー、『かしこいお住まい』。楽しそうですが、停電したら大変そうだから、私は遠慮します。」
「遠慮もなにも、さっき、あっ。」
エアコンを指さそうとして上げた手が、青いメガネに当たり、テーブルから落としてしまった。
「す、すみませんっ!」
「あ、大丈夫ですよ。どうぞそのまま。」
拾おうとするオレを、閑奈さんが制する。
「心見、戻っておいで。」
「ここ……み? えっ……えぇーっ!?」
折り畳まっていた青いメガネのツルが開き、それを足のように器用に動かして歩き出す。
閑奈さんの近くまで来ると、これまた器用にジャンプして、テーブルの上に飛び乗った。
「はい、上手に戻れましたー。」
一体、何が起こっているのだろうか。
置かれている状況が掴めず、よろけて椅子に座った瞬間、
「──操る能力は」
「っ!」
静かに、でも凛と響く閑奈さんの声に、思わずビクッとする。
「人間だけでなく、様々なモノを操ることもできるんですよ。」
閑奈さんもまた、椅子に戻り、ニッコリ微笑む。
「モノを操る? さっき、ブレーカーが復活したり、エアコンが動いたり、メガネが歩いたりしたのは……」
「そうなんです。この能力を身につけたら、『かしこいお住まい』にしなくても、便利な生活ができちゃうんです。すごくないですか?」
「スゴイ……ですね、それ。」
「ですよね? ですが──」
赤いメガネをこちらに滑らせながら、閑奈さんは話を続ける。
「お試し用のメガネだと、人によっては効果を感じにくいこともあるんです。」
「えっ? コンタクトもメガネも効果は同じだ、って言わなかったっけ?」
「はい。ですが稀に、メガネだと合わない方がいらっしゃるんですよ。先ほどの、時間を戻す能力も、本来ならばもう少し『戻った!』って感じられたハズなんです。」
「オレもそのタイプかも知れない、と。」
「ええ。なので、どうでしょう? 思い切って、正規品のほう、コンタクト買っちゃいませんか?」
「うーん……」
「その場合、お試し料金、お返ししますし。」
「えっ、マジで?」
「マジです。あ、今なら特別に割引きしますし、効果が感じられなかったら、返品も可能です。」
「ホント? ちなみに、コンタクトって幾らくらい……」
ん? なんかこのパターン。
不可解な状況下で、なんやかんや言いくるめられて、宝くじ買いに行った時と同じじゃね?
返品は可能って言ったけど、返金するとは言ってないし。
「こちらの能力、通常のお値段は──」
「待ったっ! やっぱこの能力って、『人を操る』っていうより、『言葉を操って人を動かす』感じですよね?」
「……さすがに、2度目は通用しませんでしたか。」
ため息まじりに言って、少し残念そうな顔をする閑奈さん。
「お気づきの通り、これは開店前にお店の前でやったやりとりと同じです。あの時は能力を使うのに必要なものがなかったので、あのようなことしかできませんでした。」
「能力を使うのに必要なもの?」
閑奈さんが着物の袂に手を入れる。
取り出したのは、和布の名刺入れ。
あの中には確か──
「わかっちゃいました? 操るのに必要なもの。それは名前です。」
「なまえ……あっ、ブレカとかエアリーとか、青いメガネ、心を読む能力だから心見か!」
「その通り。操る対象の名前がわからないと、この能力は使えないんです。自分の所有しているものなら、自由に名前をつけて操ることができますが、人様に勝手に名付けるワケにはいきませんからね。」
妖しく微笑む閑奈さんを見て、背筋が冷たくなる。
「できたら、自分の意思で買ってもらいたいと思って、能力を使わずにプレゼンしてみたんですが……仕方ありませんね。」
閑奈さんにオレの名前が割れているこの状況、かなりヤバいんじゃないか?
今、操る能力を使われたら、
「わあ、なんでもあやつれるなんて、すごいのうりょくだなあ。ぜひ、ください。」
「ありがとうございます。ピ───(天文学的数字)円でーす。」
「かんなさーん、もうひとこえー。」
「今なら心を読む能力と、時間を戻す能力もお付けして、なんとピ─────(天文学的数字×3および、割引一切ナシ)円となりまーす。」
「なんておかいどくなんだー。」
なんてことになる、絶対!
どうすれば……
閑奈さんの目が赤くなっていく。
赤……?
そうか!
テーブルの上から赤いメガネを取って装着し、椅子から立ち上がる。
操られる前に、こちらから仕掛ければっ!
「妖屋 閑奈さん! 今すぐオレをこの店から出してくださいっ!」
閑奈さんはニッコリと微笑む。
「今、なんて言いました?」
「あ、あやしや かんなさん、今すぐ──」
「『あやしや かんな』とは、誰ですか?」
「!!」
どういうことだ?
『あやしや かんな』とは誰か、だって?
今、目の前にいるこの人じゃないのか?
妖しい笑みを口元に刻んだまま、オレをまっすぐに見据え、ゆっくりと立ち上がる和服の女性。
彼女から離れるように、ジリジリと後退る。
「止まってください。」
「!」
穏やかだが、抗いがたい声色に、足が止まる。
止まったら絶対ヤバいとわかっているのに、足が全く動かない。
彼女の手がスッと伸びてきて、オレからメガネを取り上げる。
裸眼になって改めて見た彼女の目は赤ではなく
漆黒
1点の光さえも許さぬ、深い深い黒。
操る能力は赤ではなく、黒だったのか?
目を合わせていてはいけないと思いながらも、視線を逸らすことができない。
「すみません。」
突然の謝罪。
「下の名前しか名乗っていませんでしたね。『あやしや』はお店の名前で、漢字は同じなんですが、名前になると読み方が変わるんです。」
「読み方が、変わる?」
「はい。改めて自己紹介しますね。私、妖屋閑奈と申します。」
「あ……あや…や……?」
吸い込まれそうな漆黒の瞳で見つめられるうちに、だんだん周りの景色が揺らぎ始める。
「それからもう1つ、操る能力は赤だと勘違いしてました。重ね重ね、すみません。」
足元がおぼつかないような感覚に陥り、その場に膝をつく。
「あら? 大丈夫ですか?」
耳に水が入っているみたいに、音が歪んで聞こえる。
「あまり、大丈夫ではなさそうですね。ご安心ください。すぐに楽にしてあげます。」
ラクに……?
もしかしてオレ、ここで……
揺らぐ視界に、閑奈さんの優しげな顔が映る。
自分の意思で『見ている』のではなく、本当にただ『映っている』感じだ。
閑奈さんの指がオレの額に触れる。
ひんやりとした感覚。
後悔、怒り、恐怖、不安……渦巻いていた様々な感情がスッと消える。
「汝、この時より、妖屋 閑奈のものとなれ。」
触れるほど近くにいる閑奈さんの声が、遥か遠くから響いてくるかのように、すごく小さく聞こえる。
「我がものとなる汝の名は──────」
オレの名前を紡ぐ閑奈さんの口唇が見える。
それを最後に、オレの記憶は途絶えた。