5話
「お試しの場合は、こちらになります。」
800円支払うと、コンタクトレンズと同じく、緑、青、赤のレンズが入ったメガネが3本、テーブルに並べられた。
「コンタクト使用時と同じ効果ですので、ご安心を。」
「何でお試しはメガネなんですか?」
「洗浄してあって、清潔です、と言われても、見ず知らずの人が使ったコンタクト、使いたくないですよね?」
「なるほど。じゃあ、試してみて、買いますって時に、メガネタイプのほうがいいな、って思ったら?」
「近視、遠視、乱視、遠近両用、お好きなフレームで作れます。」
「おおっ!」
「プラス○○万円でっ!」
「おお……」
もし、買うことになったら、迷わずコンタクトにしよう。
「どれから試してみます?」
「うーん……心を読む能力、かなぁ。」
いまいち掴めない閑奈さんも、その心が見えたら、彼女のペースに乗せられっぱなし、っていうこともなくなるだろう。
「では、こちらですね。」
青いレンズのメガネを渡される。
「使い方は簡単。メガネをかけて、心を読みたい対象を見る。以上です。」
「めっちゃ簡単ですね。本当にそれで、人の心が読めるんですか?」
「その人の潜在能力にもよりますね。元々そういう能力が高ければ、すぐにマスターできますし、どなたでも、慣れと言うか、訓練すれば、扱えるようになります。心を読む、というより、心の声を聞く、声が聞こえる、という感覚ですね。」
言われた通りメガネをかけ、心を読みたい対象、と言っても、店内には閑奈さんしかいないから、彼女のほうを見る。
「……何も読み取れません。」
「あ、ごめんなさい。心を読まれないように、常に『無』でいるもので。では、少し読みやすいようにしますね。」
直後、閑奈さんの声が頭の中に直接聞こえてきた。
最初は途切れ途切れに、次第にはっきりと。
『300円×3回900円を、まとめて800円にした途端、食いついてきたわ。ゲーセンのクレーンゲームとかでも、1プレイ200円より、3プレイ500円を選ぶタイプね、きっと。でも、3プレイを選んだ時に限って、1回で取れちゃったりするのよねー。まあ、残りの回数、別のゲームに持ち越してくれるお店もあるけど。時々テレビに出てくる、クレーンゲームの達人とかってやつ、あれ、絶対アーム強くしてあるわよね。あれだけしっかりしてたら、私でも取れるわ。ひどいゲーセンだと、プライズの位置までアームが下がらなかったりするし。そういえば最近は、フリマアプリで安く出品してないかなーって調べるから、あまりゲーセン行かなくなったなぁ。』
「どうですか? 読めました?」
「……ゲーセンとか行くんですね。」
「あ、正解です! ちゃんと読めてますね。」
読めたには読めたけど、なんか、思ってた感じと違うな……
「今は、読まれてもいいように意識して思考したものですが、無防備な心、読まれている意識のない思考は、はたしてどのようなものか。ニコニコしているその胸の内では、もしかしたら──」
『あー、買うのか買わないのか、さっさと決めてくれないかなー。』
「っ!!」
「こんな風に。心が読めて、本心を知っても、いいことばかりではありませんからね。」
「そう……ですね。」
確かにそうだよな。
すっげぇ会話が盛り上がってて、楽しい反面、そろそろ帰りたいんだけど、って思ってたりすること、あるしな。
さっきまで仲良さげにしてたのに、相手がいなくなった途端、でかいため息ついてる人とか、その心の声が聞こえたら、マジ怖そうだし。
メガネを外そうとした瞬間、
「うおっ!?」
テーブルの上に、白いものが飛び乗ってきた。
「こらっ、お客様がいらしてる時はダメって言ってるでしょ?」
そう言いながら閑奈さんが抱き上げたのは、長い毛並みの真っ白な猫だった。
「すみません、うちのコが。」
「大丈夫ですよ。うちにも猫いるし。真っ白でふわっふわですね。かわいいなぁ。」
「ありがとうございます。あ、その読心能力、動物にも使えますよ。」
「それいいかも。何年か飼ってるけど、猫って何考えてるか、よくわからないし。」
閑奈さんに抱かれている猫をメガネ越しに見てみる。
ラジオのチューニングが合ってくるみたいな感覚で、だんだんはっきりと猫の声が聞こえてくる。
『……この人、閑奈ちゃんの好みのタイプだわ。』
!
えっ、ちょっ、マジっすか!?
「こら、そういうこと言わないのっ!」
閑奈さんも猫の心を読んでいたらしく、少し慌てた様子を見せる。
慌ててる、ってことは、まさか、本気で?
動揺している今なら或いは、と思って閑奈さんを見てみるが、やっぱりその心は読めない。
ならば、頼みのニャンコ様っ!
閑奈さんの好みのタイプって、どういうことでしょうか!
『可も無く不可も無く、平々凡々のモブ顔だから、ルックスはさておき──』
さておくんかいっ!
ま、まあ確かに、見た目をどうこう言われることは少ないですけどねっ!
ニャンコ様から見ても、そうなんですねっ!
めげそうになりながら、再度、猫を見る。
『性格はよさそうよね。優しそうだし、純粋そうだし。』
そういう性格の人が閑奈さんの好みってことか?
『素直で明るいし、単純で、騙され易そうで──』
ん? 何だか雲行きが……
『いいカモになりそうだもの。絶対タイプよ。』
……あ、やっぱ、心が読めてもいいことねぇわ。