4話
「ステキなお名前ですね。」
テーブルを挟んだ対面の椅子に座り、さっき書いたオレの名前を見た閑奈さんが笑顔で言う。
「いえいえ、何の変哲もない、ありきたりな名前ですよ。」
会話のきっかけみたいなモンだろうと思って、当たり障りのない返事をすると、
「何を言ってるんですか! それが1番ですよっ!」
「あ、はい。スミマセン……」
驚くほどの剣幕で返され、思わず謝る。
「どう読むのかわからない名前とか、キャラクターの名前とか、大きくなってから絶対イジられますよ? 私もよくからかわれましたからね。」
「閑奈さんが?」
「ええ。テレビにもよく出ていらっしゃるあの師匠の名前みたいだ、って何千回何万回言われたことか……」
テレビにもよく出てて、閑奈さんに似た名前の人?
あやしや かんな……あやしや……
鳥の鳴き声のような独特な笑い声とともに、その人の名前がヒットする。
「ああ、あの──っ!」
「そうっ! 落語家のガンバ師匠です!」
「誰ぇ!?」
「ガンバ師匠は大ベテランの立派な方ですし、落語もキャラも好きなんですが、からかわれるのはいい気がするものじゃないですからね。」
「そ、そうですね……」
誰? ガンバ師匠って、誰っ!?
「見たまま素直に読める、呼びやすい、覚えやすい、こういう名前こそいい名前だと、私は思います。」
優しい微笑みでそう言う閑奈さん。
「あ、ありがとうございます。」
名前を褒められることってあまりないから、なんか、不思議な感じだな。
閑奈さんみたいなかわいい人に言ってもらったから、かもだけど、結構うれし──
「平凡で凡庸な人間には、ありきたりで面白味もへったくれもない、無難な名前が1番いいんです。」
「う、うん……?」
なにこの、突然の手のひら返し。
1番いいと言いながら、実はすっげぇディスってないか?
閑奈さんは名前を書いた紙を名刺入れにしまい、手のひらサイズの箱を3つ、テーブルの上に置いた。
「あいにく、今店にある特殊能力はこの3点だけなんですが……」
言いながら蓋を開ける閑奈さん。
箱の中に入っていたのは……
「カラーコンタクト?」
「もちろん、ただのカラコンではありません。特殊能力を引き出す補助的な道具とお考えください。」
箱を1つ1つ指し示し、説明を始める。
「緑は時間を巻き戻す能力、青は心を読む能力、赤は人を操る能力を引き出す助けをします。完全に修得すれば、カラコンなしで、自在に能力を引き出せます。」
緑、青、赤……
次々に変わっていった、閑奈さんの目の色を思い出す。
やっぱりあの時、能力を使っていたのか。
「どれもいまいち不人気で、売れ残っているんです。」
「不人気? どれもスゴそうな能力なのに……」
「ええ。1個300円でお試しできますが、どうしますか?」
「えっ、試せるんですか?」
「ご購入してもらうとなると、それなりに高額な商品なので、お試ししてもらわないと、売ることはできないんです。」
「試してみて、やっぱいりません、って時、お試し料金300円は?」
「返金しませんが、あしからず。」
試さないと買えない。
でも、このまま帰るのももったいない気がする。
1個300円 3個で900円
全部試しても1000円以下の、まあ、出してもいいかなぁ、って額。
絶妙な金額設定だなぁ、くっそぉ……
「3個まとめてのお試しですと、800円になりまして、100円お得になりますが──」
「3個まとめてお願いします。」
「ありがとうございまーすっ!」
物凄く嬉しそうな声色でのありがとうを耳にした瞬間、100円お得ってだけであっさり食いついてしまった自身に軽く落ち込む。
「どうかしました?」
「いえ、別に……ん?」
閑奈さんの目が一瞬、青から赤に変わったように見えたのは気のせいだったのだろうか。