3話
オレんちの前に突如現れた古民家風の建物。
特殊能力を取り扱っているという怪しげな謳い文句の店の中にオレはいた。
「どうぞこちらへ。」
特殊能力取扱店 妖屋の店主、閑奈さんに、店の奥へと案内される。
そこにあったのは、丸い天板で1本足、途中3つに分かれて、先がくるっと丸まった猫脚テーブルと、必要以上に背もたれが長い、四角いシルエットの椅子。
木製で、黒くてツヤツヤした高価そうなテーブルセットに促され、妙に緊張する。
オレが椅子に座ると、閑奈さんはテーブルの上に、名刺大の無地の紙と、これまた高そうな万年筆を置いた。
「こちらにお名前を、フルネームでお書きください。」
そう言い残して、姿を消す閑奈さん。
使い慣れていない上に、立派過ぎる万年筆。
自分の名前を書くのに、かつてこれ程の緊張を強いられたことがあっただろうか。
書き終えて、思わず深い息が漏れる。
どれだけ緊張していても、1分とかからない作業。
帰ってこない店主。
手持ち無沙汰な客がすることといったら、店内の観察くらいなものだろう。
椅子から立ち上がってウロウロするのは気がひけたので、座ったままでキョロキョロする。
障子つきの丸窓
階段箪笥
大きな壺や絵皿
そして
『商売繁盛』と、大変読みやすい書体で書かれた掛け軸……
親指と人差し指でマルを作り、瞳を黄金色に輝かせて微笑む閑奈さんの姿が脳裏に浮かぶ。
改めてよく見てみると、恵比寿や大黒、弁財天の置物やイラスト、大小様々な招き猫が、そこここに点在していた。
おっちょこちょいキャラ以上に、守銭奴キャラが際立ってきたかも。
…………
よく考えたら、ヤバくね?
そんな人が店主やってる店で売ってるモノって、べらぼうに高かったりしないか?
だいたい、特殊能力の相場なんて知らないから、高いんだか安いんだかもわからないし。
とても買えそうにない値段を提示されて、買わずに帰ろうとしたら、それこそ、特殊能力で店から出られないようにされたり、むりやり買わされたりするんじゃ……
閑奈さんが戻ってくる前に店を出たほうがいいかもと思い始め、椅子から少し腰を浮かせた瞬間、
「うわぁっ!?」
目の前に何かが降ってきて、椅子から落ちかける。
なんだこれ?
耳かきの反対側についてるような、白くてフワフワしたヤツ。
何でそんなもんが降ってくるのかと、上を見上げる。
むき出しになっている梁をくるっと見てみるが、暗くてよく見えない。
テーブルに落ちたフワフワに視線を戻そうとした途中、同じ白いフワフワが視界に入り、目を止める。
階段箪笥の上。
そこに置かれた瓶の中に、降ってきた白くてフワフワしたものと同じものが、何個も入っている。
瓶の中の白いフワフワ
もしかしてこれ……
「お待たせいたし──」
「閑奈さん、これってケサランパサランじゃないですかっ?」
幸運をもたらすという謎の生き物、ケサランパサラン。
普通の店ならあり得ないけど、特殊能力なんていう、突拍子もない物を商品にしちゃってるこの店なら、そんなモノがいてもおかしくない。
「えっ? ああ、それはペットのおも……はい、ケサランパサランです。よくご存じですね。おしろいと一緒に瓶に入れておくと増えて、願い事を叶えると消えてしまう不思議なコです。今ならこの水晶の瓶に、育成に最適な高級おしろいをセットにして、1万円で──」
「いりません。」
「なかなか手に入りませんよ? ケサランパサ──」
「ペットのおもちゃ、って言いかけましたよね?」
「はい。ペットのおもちゃにも最適です。」
「いやいや、ケサランパサランをペットのおもちゃに、とかムリあるでしょ!? ケサランパサランじゃなくて、ペットのおもちゃなんですよね!?」
「やはりムリがありますよね……100均の品を高額で売りつけるチャンスだったのに残念です。」
「100均のかよっ!」
「今回は諦めますが、この失敗を踏まえて、次のお客様に試してみます。いいアイディアをいただき、ありがとうございます。」
とびきりの笑顔で礼を言われたが、なんか悪徳商法に加担してしまった気が……