表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古民家のエプロンドレス  作者: にしじま
1/8

1話

 オレん家の斜向かいの空き地に、古民家風の建物が出現した。

 昨日まで確かに空き地だったから、ホントに『出現した』って感じだ。

 遠巻きに様子を伺っていると、カラカラという音を立てて引き戸が開き、立て看板を持った女性が姿を現した。

 着物の上から、なんちゃらの国のアリスみたいな白いエプロンを着けた、実際にはあまりお目にかからない格好だが、突如現れた古民家には不思議と馴染む。

 看板を置くと、女性は建物の中に戻った。

 あの看板、何が書いてあるんだ?

 オレはなんとなく辺りをキョロキョロしてから、そっと看板に近付いた。

 看板は通りを背にして置いてあったため、表のほうに回り込んで見てみると──


 『特殊能力、取り扱っております。』

 

 「?」

 綺麗な木目の看板に、流れるような筆文字で書かれたその言葉がにわかには理解できず、首をかしげる。

 「あっ!」

 小さな叫び声に顔を上げる。

 

 先ほどの女性

 が手にした柄杓

 から放物線を描きながらこちらに向かってくる水


 一瞬でそこまで把握できるもんなんだな、人間て。

 把握はできても、その一瞬で動くことはできないもんなんだよな、人間て。

 これはもう、朝っぱらから水浴び決定ー、と思ってたんだけど。

 「!?」

 信じがたい事が起きた。


 目の前でピタリと止まった水

 を吸い込む柄杓

 を手にした女性


 一瞬でそこまで把握できるもんなんだな、人間て。

 把握はできても、理解はできないもんなんだな、人間て。

 

 いや

 いやいやいや

 理解できてたまるか、こんな状況!

 呆けた顔のまま、件の女性に目を向ける。

 たすきで捲り上げた袖から伸びる白くて細い腕。

 白いひらひらしたエプロンに、咲き始めの桜を思わせる色合いの着物。

 風にサラリと流れる、肩の辺りでまっすぐに切り揃えられた黒髪。

 (えっ……)

 和の趣を一瞬にして塗り替える緑色の瞳。

 目が合うと、彼女はふわりと微笑んだ。

 「おはようございます。」

 「お、おはようございます?」

 そのまま、何事もなかったかのように水まきを再開してくれるもんだからスルーしそうになったけど、

 「いやいやいや、おはようございます、じゃなくて!」

 「グッドモーニン?」

 「そうじゃなくて!」

 「グーデンモルゲン?」

 「ちゃうって!」

 「儲かりまっか?」

 「ぼちぼちでんなぁ、って、なんでやねんっ!」

 「そちらのご出身かと思いまして。」

 「生まれも育ちもこの辺りです。」

 「そうですか。では、改めて、おはようございます。」

 「おは……って、始めに戻ってどーするっ!」

 「……そう。それが答えで御座います。」

 「は?」

 声のトーンが少し低くなったように感じ、改めて彼女の顔を見る。

 (!?)

 光の加減だろうか。

 緑色だった虹彩が、青に変わったように見える。

 「『何故、柄杓に水が戻っていったのか』それをお訊きになりたいので御座いましょう?」

 「!」

 スッと細められた青い瞳に全てを見透かされているように感じて、オレは動揺した。

 「同じ遣り取りを繰り返したり、同じ動作を暫しの間見ておりますと、時間が止まっているような、或いは、逆の動きに見えてくる事が御座います。バレリーナのシルエットを回転させておりますと、何時しか逆回転し始めたかのように見える。その様な映像をご覧になられた事は御座いませんか?」

 「あ、あります!」

 「それと同様。恐らく貴方様は、わたくしが水を撒く様をご覧になるうち、柄杓から撒かれている水が、逆流して、柄杓に吸い込まれて行くように見えてきた。その様に錯覚してしまったので御座いましょう。」

 「そ、そっか。そうですよね。撒かれた水が途中で止まって、さらに戻っていく、なんて、あり得ないですよね。錯覚かぁ……さっかく?」

 冷静に思い返してみる。

 彼女が水まきしているのをずっと見ていたから、柄杓に水が戻っていくような錯覚を起こした。

 

 違う。

 

 「まだ得心が行かぬ点が御座いますでしょうか?」

 「……あります。」

 彼女からしてみれば、思わぬ反撃だったらしく、その口元から笑みが消えた。

 「オレはずっとあなたを見ていたんじゃない。看板を見ていたんだ。あなたの声を聞いて初めて、水まきをしているあなたを見た。正確には、あなたが撒いた水がこっちに向かってくるのを、そしてその水が不自然な動きをしたのを見たんだ。同じ事を連続で見ていたから起きた錯覚、って事はあり得ないよ。」

 黙ってうつむく彼女。

 形勢逆転したようで、別に勝負してたわけでもないけど、なんとなく勝ったような気分になっていると、

 「ま、別にいいじゃん?」

 「へっ?」

 妙に軽い口調。

 まさか……

 顔を上げる彼女。

 その目は、今度は赤に変わっていた。

 「錯覚でも手品でも超常現象でもなんでもいいじゃん。あのままあの水が飛んで来てたら、おにーさん、どうなってた?」

 「えっ、そりゃまあ、水かぶって……」

 「でっしょ? 朝っぱらから、マジ、最悪じゃん? それを回避できたんだから、超ラッキーじゃん!」

 「まあ、言われみればそうだけど。」

 「おにーさん、何座?」

 「たしか双子……」

 「やっぱり? テレビでやってる占い、どれを見ても双子座が1位だったから、そうじゃないかって思ったんだよね。今日は1年に1度あるかないかの、超ラッキーデーなんだって!」

 「マジで?」

 「マジ神、ってくらいマジ。宝くじとか買っちゃいなよ。」

 「宝くじかぁ。買ったことないんだよな。」

 「ビギナーズラックもプラスで、マジヤバくない? もう買うしかないっしょ!」

 「そ、そうだな。買ってみるか!」

 「買っちゃえ買っちゃえー! なんかね、朝早いうちのほうが運気がいいって言ってた。」

 「えっ、じゃあ、今から行ったほうがいいのかな?」

 「かもね。」

 「色々教えてくれてありがとう。ちょっと行ってくるよ。」

 「当たったら1割ちょうだいね~。」


 てな、やりとりがあったのが20分くらい前のこと。

 最寄りの宝くじ売り場の前で、財布を握りしめたまま、オレは呆然と立ち尽くしていた。

 

 『営業時間 午前10時から午後6時』

 

 ただいまの時刻 午前8時2分

 まあね。

 買ったことないしね、宝くじ。

 営業時間知らなくてもしかたないよね。

 でも

 

 『本日は都合により、お休みさせていただきます』


 1年に1度あるかないかの超ラッキーデーじゃねぇのかよっ!

 テレビでやってた占い、どれを見ても双子座が1位だったんじゃねぇのかよっ!

 いや、占いとか、信じてるワケじゃないけど。

 とか思いつつ、スマホで無料の占いを見ているのは何故なんだろう。

 

 『今日の12位 双子座 何だかツイてない1日。誰かの口車に乗せられちゃいそう。うまい話には要注意。』

 

 うわ、マジか? すっげえ当たってんじゃん。

 思わずお気に入り登録。

 

 『開運ポイント 古民家風のお店』

 

 ……うわあ、マジか。やっぱ当たってないかも。

 ため息をつきつつ、スマホをポケットにしまう。

 開運ポイント?

 朝っぱらからこんなにトコいるのは、古民家風の店のあの人のせいだってのっ!

 あーあ、久々の休日、いきなりムダにしたな。

 時間を巻き戻す機械とか、発明されないかな……

 

 時間を巻き戻す?

 

 スマホを取り出し、さっきの占いサイトを見直す。

 

 『開運ポイント 古民家風のお店』


 もしかして──

 

 うまいこと言いくるめられた印象ばっか残ってて忘れてたけど、最初に見たアレ、本物だったんじゃないか?

 で、バレたら困るから、あれこれ言って、オレを店から遠ざけたんじゃ……

 きっとそうだ!

 そう思うと同時に、足はすでにあの店に向かっていた。


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ