この世界
遠い昔、北、南、東、西に四大国があった。四大国はある聖剣をめぐり戦争を繰り返していた。その戦争は四大国聖剣戦争と呼ばれ、150年もの間争い続けた。ひとりの男が戦争を終結させ500年の月日がたった。人々からは戦争の記憶がほとんど残っていない。そしてこれから始まる物語は北国ノーマライ国の一人の青年の物語である。
「あーーーー!もう!早く起きて」
カンカンカンとけたたましい音が耳の真横で聞こえる。音の暴力は睡眠妨害をする。
んあ――と脱力した声を出しながら、まだ半分寝たままの目でその音の先を見る。
すこし恰幅が良く、髪は少し白い毛が交じるブラウンで腰の辺りまで長い。格好はいかにも母親然とした割烹着で中華鍋を二つ持っている。さっきまでの音はこれか、と納得しながら太陽が高々と昇っているのに気づく。
「え!もうこんな時間かよ」
「だから言ったじゃない。あんた今日騎士として初めての実地勤務でしょ。早くしないとまたあのおっかない隊長さんに怒られるわよ」
とひやかしながら母親は部屋から出て行った。
急いで革のブーツを履き、立てかけてあるロングソードを肩かにかけ、窓から勢いよく飛び出す。
ここはノーマライ国で一番の大都市シュクラテス。城までの道はかなりの賑わいある露店が並んでいる。露店通りには獣族、小人族や人族、たくさんの人種がおり、みな忙しそうに道を往来している。値引き交渉する人や次になにを食べるかなど、声が嵐のように聞こえてくる。なにか作っているのだろう、美味しそうな匂いが周りからは漂い、朝食を食べられなかったことを後悔した。
ノーマライ国以外にも世界にはソーセレス国とウエスタニア国がある。三国は和平条約を結んでいるため実地任務といっても人を殺したりはしない。自然が生み出す魔力によって生成される魔物の討伐が主な任務になっている。魔物の討伐など本当に面倒だ。
城内の騎士修練場につくとほとんどの修練生は揃っていた。修練場はみながまだ談笑していて遅刻は免れたと胸をなでおろす。整列している隊の近くに行き、周りを見渡しながら見知った顔がいないか探す。すると最前列に目立つ長い黒髪が見えた。やっぱり真面目だな――と笑みをこぼしながら黒髪の隣に立つ。黒髪はこちらに気付き『遅いぞ』と男にしては高い声で注意する。
「隊長がいないみたいだし、ぎりぎりセーフだろ。レイは真面目すぎなんだよ」
「お前が不真面目すぎる。もっとちゃんとしていたら剣の腕だってもっと伸ばせたろうに」
とレイはその綺麗な切れ長の目と整った顔で呆れながらに言う。
「修練生主席に言われて――」話の途中で先ほどまでの喧騒が嘘のように場が静まり返った。みな一様に敬礼の形を取る。
壇上に一人の男が登る。ノーマライ国騎士団長ブレイブだ。無精ひげを生やし、東洋の着物を片腕は袖口から通さずに衿の部分から出している。名だたる騎士の中でも最強と言われている人物だ。しかしその人格は自由人そのもので、なにかあっては仕事を抜け出す――とよく傍付きの騎士が嘆くのを聞いたことがある。
今日は騎士隊長はいないのか、と眼球だけを動かし見渡す。
「今日はお前ら初の実地任務だ。ま、死なないように適当に頑張れ」
ブレイブは一呼吸おいて
「じゃ以上で」とまるで騎士団長らしくない挨拶を終えた。
隣でレイは「父上…………」と恥ずかしさで顎が胸につくほど項垂れていた。
ブレイブはレイの父親だ。しかしブレイブに婚姻相手はおらず、二人に血縁関係があるわけでもなかった。レイはそのことについて悩んでいたらしく、修練生になって間もないころに告げられたことがあった。
今の顔を見るかぎりその悩みはすこしは解決したのだろう。
ブレイブは頭を掻きながら壇上を降りるのと入れ違いにひとりの男が壇上にあがる。今日の任務の説明をするのだろう。大きな藁半紙を脇に挟みながらきっちりとした態度で壇上で敬礼をしている。
「今日の任務はここから東にあるカカ森林の魔物の討伐。いつもの訓練通りにすればなにも問題はない。カカ森林は凶暴な大型モンスターも出ることはない。訓練通りに行えばなにも問題はない。が、カカ森林は和平条約を結んでいない唯一の国、イーサン帝国の国境線の近くだ。帝国はこの世界の外側として地図にも載せられていないが、魔族が支配する帝国だ。昔に和平条約を結んだ三国で魔王を討伐しこの世界から消滅した。しかし、まだ魔族の生き残りがいないともかぎらん。注意して任務にあたるように。この後すぐに出発だ。以上! 」
カカ森林は木の生産地として重宝されている。森の中は日の光が木々の間から射しこみ、肌を撫でる風によって空気が澄んでいることがわかる。都市の喧騒とはかけ離れ、鳥の鳴き声が頭上の高いところで象徴的な音色を作りだす。
時々巣くっているウエストスパイダーやウッドロックなど、弱い魔物を剣で隊が切り捨て森の奥地に着く。最前列は交代しながら森林を進むため最後列の俺らにはまだ戦う機会が一度もおとずれていない。序盤に楽ができてラッキーだ、と俺は思っていたがレイは違うらしく、魔物を討伐したくて――レイが血に飢えているわけではなく――たまらない様子だった。
「レイそんなに焦んなよ。俺たちが最前列になるのを待とうぜ」
「いや、そ、そんあに焦ってるわけじゃないぞ。早く剣術を上げたいだけだからな」
「噛みすぎだし。ま、今日は団長のおっさんも来ているしな。言いとこ見せたいってとこだろ」
本心を見透かされたのだろう、レイの顔は真っ赤になりまっすぐで長い黒髪の頂点からはお湯が沸いたかのようにボンっと湯気が出ているように見える。それ以上恥ずかしさからか、なにも言えなくなり顔を俯けた。ブレイブは最後方から徐々にこっちに向かっているはずだ。
すると突然、隊の最前列から爆発音とともに修練生の悲鳴が聞こえる。木々の隙間から見える空には黒煙がまるで竜のようにモクモクと立ち昇っていた。
俺とレイは顔を合わせ、頷き、つま先に力を入れ、最高速で爆発があった場所に向かう。瞬時に緊急事態であること察した。鞘からロングソードを抜き爆発があっただろう場所に着くと人の焼け焦げた臭いが鼻につく。周りをみると焼け焦げ誰かわからなくなっていたり、四肢が欠損していたりとまるで地獄絵図だった。
その中にひとりだけ立っている人物がいる。漆黒の羽が生え、顔は陶器のように白い。手は剣が同化したかのような形になっており、返り血が滴るほど全身に血を浴びている。その容貌は一目で体中の汗がぶわっと噴き出すのではないかと思うほど、危機感を募らせるものだった。
「こいつはヤバい! 団長のおっさんのとこまで引くぞ! 」
叫んで引こうとする刹那、そいつは瞬間的に移動し隣のレイのみぞおちに鋭い前蹴りを一撃。急な衝撃にレイは受け身を取ることができず、地面を転がり大木に背中から衝突し、動かない。
俺は足に力をいれ、引こうとした体を強制的に踏み止まらせる。力を込め、ロングソードで敵の腹に突きを放つ。しかし、片方の手で弾かれ、もう片方の手で上段を放つ。それを柄で受け止める。激しい火花が散り、肩が外れるかと思うほどの衝撃。歯を食いしばって耐えていると横っ腹に鈍器で殴打されたような痛みが走る。
腹を蹴られたのだろう砂漠にあるダンブルウィードのように地面に転がる。うまく肺呼吸ができず嗚咽し血を口から吐き出す。口の中は血と土の味でいっぱいになる。意識は体から徐々に離れていこうとし、反対に体の神経は存在を訴えかけるように脳に刺激を送る。閉じかけの目で魔族を見るとレイを脇にかかえ、連れて行こうとしている。
「や……めろ」
掠れ声は魔族に届いていない。
―――俺にもっと力があれば。
頭の中に急に声が流れ込んでくる。
(力が欲しいのか? それならばこの力、お前にくれてやろう)
有無を言わさず謎の声はなにかの力を渡す。心の中に一本の剣が浮かび上がる。俺はそれを思いっきり掴んだ。すると膨大な光が体を包んで体中に力が溢れ出す。先ほどまでの痛みはどこかに消え、右手にはさっき心の中で掴んだ剣が握られていた。
魔族は気配に気づいたのだろう、こちらを向き戦闘態勢に入る。
俺は足に力をいれ立ち上がり剣を平正眼に構える。
すると魔族は驚いたように剣をまじまじと見つめ言った。
「勇者の宝物庫だと」
魔族は危機感を募らせたのか一瞬のうちに近づき剣になった手で俺を一刀両断しようとする。俺はそれを横にすこし動き紙一重に避け、魔族の首を横一文字に刎ね飛ばす。魔族の首は宙を舞い焼け焦げた地面の上にぼとっと落ちた。
ふっ、と力を抜くと体を包む光は消え剣は泡になって消えた。
俺はすこしの間放心し、はっと思い出しレイの傍に駆け寄る。意識はなかったが呼吸も安定しているようだった。かすり傷以外に大層な傷もついていない
そのことに胸をなでおろす。
(なかなか力を使いこなしているな。さすがは適合者だ)
するとまた頭の中で声が聞こえた。そのことに慌てふためきながら頭の中で問いかける。
(この力はなんだ。俺になにをした! )
(代々受け継がれる勇者の力だ)
謎の声は端的に言った。
―――勇者の力
(魔族はなにかを企んでいる。お前が適合者ならお前がこの国を守ってくれ)
その男は懇願するように頼んだ
(一つ質問がある。―――お前は何者だ)
俺は疑問をなげかける
(俺か?俺は最初の適合者。勇者の力に初めて目覚めた人物だ)
(この力があれば魔族から仲間を守ることはできる。さっきのような悔しい思いをしなくてもいいんだな)
(ああ。だがさきほどは吾輩の剣を貸してやったが次はもう使えない。魔族を倒しただろう。幹部級の魔族は大きな魔石を落とす。それをもって呪文を唱えよ。さすれば宝物庫から剣が出てくるだろう。だがどんな強さの剣が出てくるかは運だがな)
と初代勇者は告げた。
俺は魔族のもとに行き濃い青色の石を持ち上げる。それは不気味な輝きを内包しているようだった。
(呪文を唱えよ。《我勇者の名のもとに命ず、宝物庫の扉よ開け》と)
俺は初代の唱えた言葉を反芻する。
「我勇者の名のもとに命ず、宝物庫の扉よ開け」
すると大きな音とともに黄金色に輝く荘厳な扉が目の前に現れる。扉は徐々に開きひとつの双剣が出てくる。氷炎の双剣と名前がなぜか一瞬で認識した。青と赤の二対の剣だ。隊が持っているどの武器よりも圧倒的な力を内包しているのが理解できた。剣の柄には星が三つ並んでいる。この力で世界を守る―――俺は心にそう決め―――その瞬間世界は闇に閉ざされた。