ひとりぼっち
「こ、これは……」
俺はそのとき目を疑った。
いや、心の中ではなんとなくこうなるだろうってわかっていたはずなんだ。
だからいくらでも心の準備はできたはずなんだ。
だけど、現実を直視したくなくて、逃げたくて、無意識に疑ってしまうんだ。
つまり俺……。
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「~~~♪」
「なんだよ、機嫌いいな」
俺が隣で上機嫌そうに鼻歌を歌っていると、亮佑はそれに横槍を入れてくる。
「いいだろ、楽しみなんだよっ」
「そんなにクラス替え楽しみか?」
そう、今日はクラス替えの日――もとい始業の日であり、今年で高3になる俺は最後の1年ということもあり、どんなクラスでどんな1年になるのかという期待で満ち溢れていた。
「まあね。だってワクワクするし!」
「とかいって、知り合い誰もいなくて、コミュ障のお前に友達なんてできるのかよ」
「うぐっ……! そ、そういう不安なことは言わなくていいんだよ!」
亮佑の言うとおり、俺は世間一般で言うコミュ障というやつなのだろう。
――いや、人見知りと言った方が正しいだろうか?
ともかく、初対面の人と話す勇気がないのだ。
慣れてしまえば、至って普通に話すことはできるのだけど……。
「いやまあ、ただ俺は事実を言っただけだし、それを不安に思うかはお前の勝手だよ」
「む~~~」
まったく、冷たいやつだな、亮佑は。
でも、確かにこいつの性格は一癖も二癖もあって苦労することもあるけど、ぶっちゃけ言えば俺の数少ない友達でもあるし、大目には見ているつもりだ。
ちょっと上から目線だったかな。
「まあ、あれだな、うん」
「ん?」
「違うクラスになれたら面白いなと俺は思っているぞ」
親指をグッと立て、亮佑にはめずらしく明るさに満ちた顔でそう言った。
「あーーー! そういうのをツンデレって言うんだぞー!! 本当は俺と同じクラスがいいけど照れ隠し的なあれなんだなー!?」
人差し指でビシッと指差して、少し後ずさりながらヒステリックにそう叫んでみた。
すると、「はいはい、それでいいよ」と軽く流されてしまった。
まったく、亮佑はノリが悪いな。
人がせっかく頑張ってキャラチェンしてみたのに……。
まあ、別にいいけれど。
さあ、学校学校。
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「こ、これは……」
俺はそのとき目を疑った。
いや、心の中ではなんとなくこうなるだろうってわかっていたはずなんだ。
だからいくらでも心の準備はできたはずなんだ。
だけど、現実を直視したくなくて、逃げたくて、無意識に疑ってしまうんだ。
つまり俺……。
(ぼっちじゃん!!!)
「おーい、どうだったー?」
後ろから亮佑の声がする。
「(ぷるぷる)……いっぱい知り合いのいる(ぷるぷる)、とっても楽しそうな、クラスだよ……(ぷるぷる)」
体の血の気が引いて、体が勝手にぷるぷる震えてしまうのが恐ろしいぐらいに感じられた。
「めっちゃ無理してんじゃねーか! あー、どれどれ……うわ、マジかよ! ……えっとさ、2年間一緒のクラスだった俺にはわかるけどさ、お前……」
「ぼっちじゃ」
「言うな!」
「ああ……人見知りだってクラス全員の友達になることはできるんだよ……そうだよ……俺はこの1年でそれをお前に……はは」
「こわっ! ……まあさ、俺にはこんなことしか言えないのがもどかしいんだけどさ」
亮佑は一旦一呼吸置き、その間が俺に緊張感を与えた。
「せいぜい頑張れよ!」
「うわっ!」
亮佑のその笑顔がまぶしすぎて、思わず目を瞑ってしまった。
そしてあの笑顔は絶対にこの状況を面白がってる……。
くそぅ、俺だって友達100人できるんだからな……!
待ってろよ、亮佑……!
(クラス違うからってもう登場しないとかは――あぶしっ!)
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「はー……」
扉を開けるとまったく知らない面々が視界の隅々までいて早速吐き気を覚える。
(ダメダメダメ……! ムリムリムリ……! 難易度高いよ……!)
(ぐへぇ……)
う~なんで最後の1年にこんな目に……。
俺ってついてないなあ……。
(はぁ……)
……まあ、とりあえず席に着こう。
席について俺はうなだれるように机の上に突っ伏した。
そのとき、俺は亮佑の存在を思い出していた。
亮佑とは昔からの付き合いでいわゆる幼馴染という超が付くほどベタな関係だ。
幼馴染といえばよくアニメやマンガでは主要人物として出てくるわけだけど、たぶん亮佑は今後出番は――えびしっ!
あいつといてできた友達は何人かいるけど、自分一人の力で友達なんて作ったことがない。
すべて誰かの後ろ(主に亮佑)にいてできた友達だ。
だからこそ誰一人として知り合い――もとい友達がいないことがひどく不安でひどく居心地が悪いのだ。
でも、いつまでも誰かの後ろにいて、誰かの力で何かを成すのは卒業しなければならないのかもしれない。
(なら俺は……!)
俺はまず顔を上げて、周りをぐるっと一周眺めることにした。
見たことのない顔、見たことのない景色、そのどれもが俺の不安を掻き立てたが、そんなこと今後言ってられないんだ……!
克服するんだ、この人見知りを――。
抜け出すんだ、このひとりぼっちから――!
そんなことを思っていると、俺はふと目に留まった人物がいた。
そいつは俺の席のちょうど斜め右前に位置していて、そいつは手にあるものを握っていた。
それは――手鏡だった……。
思わずぎょえー!と言ってしまうくらいびっくりしてるが、ああいうのにはあまり関わらないほうがいいのかな……?
いやさ、手鏡で身だしなみを整えてるとかならまだいいんだ。
けどそいつはその範囲を軽く飛び越えて、ずっと握ったまま離さない。
要するに自分の顔に、その……酔いしれてるんじゃ……。
――と、そこで迂闊にも鏡越しにそいつと目があってしまった。
(ま、まずい……やばいって、俺……!)
案の定そいつは俺のほうを振り返って、
「ねえ、キミ……」
と、言ってきた。
まずいまずい、せっかく一人楽しくしていたところに水を差してしまって怒ってるのか……!?
それとも俺の存在が気に食わなくて……!
そんなことが頭の中をぐるぐる巡って、俺はとっさに目を瞑って、次のそいつの言葉に備えた。
すぅっと息を吸う音が聞こえた。
「……(ぷるぷる)」
「ボクってさ――」
「……(ガタガタガタガタ)」
「かっこいいでしょ!!!」
(……んあ?)
「ねえ! キミもそう思うんでしょ! だってボクのことかっこよくて見ちゃったんでしょ!?」
(……ん? ……ん!? ち、違う……! そんなんじゃない……! 俺はただ変なやつがいると思って……! て、てか、お前……かっこいいというよりむしろかわいい系の部類だろ……! 俗に言うしょt――って、俺にはそんな趣味ない!!)
「うんうん、わかるよ。この細すぎない腕に、健康的な小麦色の肌、整った鼻に、すらっとした手足、そして極めつけはこのイケメン顔!!! ね、かっこいいでしょ!!」
「う、うん、そうだね……」
ホントは微塵もそう思ってないけど、自己保身のために勝手に嘘が……!
さっきのやつの言葉を訂正するなら、細すぎる腕! 不健康そうな色白肌! ちょこんとある小さな鼻! 身長ちっちゃいからそこまですらっとしてない手足! そして極めつけはこのしょt――。
(って、ちがーう!!)
「やっぱり、キミもわかる口なんだね、よかったよかった。あ、そうだ、名前教えてよ! ちなみにボクは池谷 颯って言うんだ!」
「えっと、俺は豊島 心……」
つい言ってしまったが、相手が名前を言ったのに言わないのはと思って……。
「心、くん……。キミ――」
なんかいやな予感がした。
「かわいいね!!!」
(お前だろ!! ――って! 違う! そんな趣味俺にはない!!)
「よ、よくいわれるんだよね……」
まあ、そんなこと俺には言えるわけもなく、相手の気分を害さないような言葉選びを無意識に行っていた。
「だよねだよね! やー、キミとはいい友達になれそうだなあ。これからよろしくね、心くん!」
と、友達……。
確かにこいつは変なやつだ。
でも、友達といってもらえたのがすごく……うれしかった。
「うん、よろしくね、池谷くん」
(単純だな、俺って)
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(う~、暇だぁ……)
今日はクラス替えということで調子に乗って早く学校に行ったんだけど、その結果がこれだったので話し相手もいず、ものすごく暇だ。
さっきの池谷くんも自分の世界にまた入っちゃったし、てゆーか話す話題なんてないし……。
仕方ないと、俺はポケットからスマホを取り出し、電源を入れた。
そして俺はとあるゲームアプリを起動した。
その名も“あんとっとまあくのひっこししゃ”というゲームだ。
このゲームの内容は巣を引っ越すことになったアリたちが荷物を引越し先へ運んでいくゲームだ。
だが、ただ運ぶだけではなく、途中、様々な災難によって一定数アリが殺されないようにしながら、より多くの荷物を運び、スコアを競うゲームだ。
このゲーム、ゆるい雰囲気からは全く想像できないほどに鬼畜な難易度を誇り、ゲームの内容も内容なので、周りからは俗に言う“クソゲー”と呼ばれている。
まあクソゲーと言われてても、自分自身言うほどつまらないわけでもないし、手軽にサクッとできるからちょっとした暇つぶしには持って来いなので、割と好きだ。
そんなこんなで、クソゲー――もとい、“あんとっとまあくのひっこししゃ”をプレイする。
俺の最高スコアは52。
これ以上上には全然行けてない。
たった今やった記録は38。
やはり運なのだろうか?
それともPS?
割とどっちもかもな……。
(とほほ……)
45。
30。
33。
う~む、ダメだなぁ。
「あら、君それ……」
「ビクゥッ!」
可愛らしい、優しい雰囲気の女の子の声が耳に届く。
不意に声をかけられて驚いてしまった。
情けない……。
「ご、ごめんね、驚かせちゃったかな……?」
女の子はおどおどしながら、不安そうに尋ねてくる。
「う、ううん、こっちこそ不安にさせちゃってごめんね」
自分が驚いたことで相手を不安にさせてしまったことに罪悪感を覚え、慌てて謝る。
「えへへ、じゃあお互い様だね」
にっこりと女の子が笑った。
(す、すごい可愛い……)
女の子を意識したことによって顔が赤く上気したのを覚える。
思わず、目のやり場に困った。
「あ、でね、君がやってるそれって、“あんとっとまあくのひっこししゃ”でしょ? 私もやってるんだぁ」
「え、そうなの?」
少し意外だった。
だって、こんなにゆるくてふわふわした感じの女の子がゲームに縁があるなんて想像できなかった。
思わず疑問形で返してしまった。
「うん、そうだよ。なら、実際にやってみせようか? 君のスマホ借りていい?」
「うえ? あ、うん、いいよ」
言いながら、スマホを手渡す。
人にスマホを貸すなんてなかなかしないから、突然のことに戸惑ってしまった。
ホントに情けない……。
「ありがと~。じゃ、早速プレイっと」
俺は座って、立っている彼女の手元を見上げる形になっているので画面の様子はわからないが、恐らくスタートボタンをタップしたのだろう。
その瞬間、急に彼女の目つきが鋭くキリッとなった。
すごい、これがガチモードってやつなんだろうか……。
「……」
無心で夢中になってプレイしているのが近くからよく見て取れた。
気づけば開始から既に3分近く経っていた。
(あれ、長い……?)
俺の1回のプレイ時間は大体1分行くか行かないかくらいのところで終わる。
対して彼女はもうその約3倍の時間、プレイしていることになる。
更に数分。
「あっ……」
そう彼女が呟いたとき、開始から5分経過していた。
「ゲームオーバーなっちゃった、えへへ~」
彼女は普段の俺よりも5倍の時間できているということは、普段の俺のスコアより単純計算して5倍高いことになる。
俺の平均スコアは大体40くらいだから……。
「はい、返すね。ありがとう」
可愛らしい笑顔を浮かべながら、彼女は俺の手元へとスマホを置いた。
そして俺は驚愕した。
「に、282!?」
なんてことだ、俺の中での計算では彼女のスコアは200程度。
だけどもはや282は程度の範囲ではなかった。
「す、すごいね……」
「えへへ、ありがとう。でも、私の最高スコアが336で、届かなかったのが残念だったなあ」
おうふ……俺なんかそこらへんを飛んでる蚊レベルじゃないか……。
「でも、ホントありがと! すごい楽しかったよ。えっと……そういや、自己紹介がまだだったね」
「私は園田 菜花。趣味はゲーム、特技もゲームです。よろしくね」
(趣味も特技もゲームって、この人、見かけによらずゲーマーだったの……?)
「え、ええっと、俺は豊島 心です……。よろしく、お願いします……」
俺も彼女に続いて自己紹介したものの、緊張してつい弱々しい口調になってしまった……。
「心くんって言うんだ! いい名前! 私、ばっちり覚えたよ!」
「あ、ありがとう」
(う~、緊張して目があわせられない……!)
「あ、そろそろ始業のチャイムが鳴るね。そろそろ席戻らなきゃ。じゃ、また今度お話しようね~」
バイバイ、と笑顔で手を振りながら彼女――園田さんは席へ戻っていった。
(笑顔、可愛かったな……)
緊張するけど、心のどこかでまたいつか話せる日を待ち望んでる俺がいた。
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「はあ~、疲れた~」
はあああ、と今日一日の学校生活で溜まったため息を吐く。
あの後、今日のメインである始業式と着任式やり、その後即解散となった。
もちろん、俺は即撤退した。
そして、偶然にも亮佑と合流を果たしたのであった。
まさかまだ亮佑の出番があると――いぶし!
「たかだかあの程度の内容で深いため息つくなよ」
「いや、だって俺頑張ったんだよ!? 初めての人とお話したし……」
「ん? 話できたのか?」
亮佑は少し驚いたような口調で言う。
「うん、そうだよ。あ、でね、そのおかげで友達が早速できたんだよ! 可愛い女の子とも話した!」
「そうか……」
そう呟くと、亮佑の顔が少し翳った。
思わず、不安になる。
「どうし」
「つまんね!」
「はあ!? ひっどいなあ、亮佑」
つくづく亮佑には呆れる。
人の不幸は蜜の味とかそういう風に思っているのだろうか……?
「正直者だと言ってくれ」
「ぶーぶー」
俺はその後亮佑に散々文句を垂れた。
(まあ、俺が心配する必要はなさそうかもな)←なんだかんだ世話焼き。
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ふあぁあ、と俺は大きなあくびをする。
時刻はもう23時を回っていた。
(さて、今日はもう寝るかな)
ベッドにゴロッと仰向けになる。
今日は本当に疲れた。
まず、最大の原因が誰一人として知り合いがいなかったことだ。
知らない人だらけの空間は、まるで自分一人だけが取り残されてるような、そんな感じだった。
でも、悪いことばかりではなかったと思う。
まず、池谷颯くん。
彼はどう考えてもイケメン寄りの顔ではないのに、自分をかっこいいと思って止まないナルシストだ。
どうしてそんな風に自分が映ってしまうのか、少し疑問ではあるが、これを聞いたところでどうにもならないだろう。
池谷くんはとても変わった子だ。
でも、根は優しい子なんだと思う。
俺のことを友達と言ってくれたときはすごい嬉しい気持ちになった。
これから池谷くんとどういう日々を過ごしていくのかワクワクするのと同時に不安でもあるが、きっと池谷くんとなら平気な気がする。
次に、園田菜花さん。
彼女はふわふわとした感じの印象で、どことなく森が似合いそうなそんな女の子だった。
けれど、そんな彼女の見た目とは裏腹に、趣味も特技もゲームという所謂ゲーマーな女の子だった。
でも、正直そんなことどうでもよくなるくらいに、彼女は笑顔がとても素敵だった。
あの可愛らしい笑顔を今思い出しても、思わず顔が赤くなるのを覚える。
また今度話せるのがすごい楽しみだ。
「はあ」
(悪いことばかりじゃ、ないんだよなあ……)
そんなことを思いながらゴロゴロと寝転がる。
今のところのクラスの印象は、変わった人が多い……って感じだろうか?
二人だけしか話してないからわかんないや。
でも、そうだとするとこれから先、多くの変わった人と付き合ってくことになるのだろうか……?
そう考えると……不安だ。
「寝よう」
目を瞑ると、余程疲れていたのか一瞬のうちに眠りの世界へと誘われていった。