九話 外に出よう。
カン、カン
金属の階段を登る音で、ハッと意識が戻る。
寝ていたつもりはないけど、座り込んでいる間に、気付けば夕方少し手前まで時間が経ってしまっていたようだ。
ふと視線を上げた時に、夕焼けが見えたことに、違和感が付きまとう。
それよりも、アパートに人が戻ってきた。
階段の登り方と足音からして、多分アレは隣のお兄さんだ。
……隣で人が死んだなんて、どんな表情になるんだろうか。
不謹慎、なのかどうか分からないが、そんな事を考えて立ち上がった所で、頭が見えた。
そして────ほんの一瞬だけ、完全に目が合った。
同じ大学生とは思えない、子供らしい格好のお兄さんは、しばらく立ち止まり、瞳をゴシゴシと擦りながらこちらへ歩み寄り、じっと見つめつつも首を傾げながら、隣の部屋へと入っていった。
ずっと、こちら側を見ていた。
けれども、初めの一瞬以外は、どれもピントが合わないでいた、ように思う。
私は、ただ立っていただけだ。隠れるような真似も、喋り掛けた訳でもない。
ただ、相手の顔をじっと見ていた。
変わってない髪型を、怪訝そうな表情を、
その瞳が何処に合っているか、を、
それでも私は気付かれなかった。
「……亡霊」
つまりは、そういう事なのだろう。
ただそれでも、まだ『dw』の疑問は尽きないけど。
一度部屋に戻り、色々と荷物を持って、再度、色付きと色無しの境界線となった扉を潜る。
家族の元に電話する気は、まだ少し恐ろしくて出来ない。
が、それでも少しずつ確かめていかないといけない。
何の為に……と訊かれると、自分でも分からない。
相変わらずコンビニに入ると、空気が死ぬ。
店員から客までどれもが棒立ちになり、視界は宙空を見始め、親を困らせていた子供はヨダレを口から零している。
そっとしゃがみ込んで、部屋から持って来たポケットティッシュで顔を拭いてあげて、ようやく子供は眼の前の私にピントを合わせてくれた。
「大丈夫?」
「……うん……」
それでも、男の子は無関心そうな言葉しか返してくれない。
私がコンビニの外に居た時から聴こえていた叫び声と怒鳴り声は、この子と後ろの母親だと思うが、その時の面影は一つもない。
立ち上がって周りを見てみても、誰もこちらに気付いていない。
眼の前の男の子だけが、私の事をじっと見ているだけだ。
じっと、興味なさそうに、見るだけ。
そして、考えてみよう。
もし、この、狭い室内に入った時に起きる、『dw』が、
もし、本当に、仮説通りに、私が起こしている何かの能力なのだとしたら、
私の意識で、どうにか解除できたりしないのだろうか?
そう考えた所で、足元に何かがすごい勢いでぶつかって、後ろに倒れてしまった。
後頭部を床に思い切りぶつけて、頭の痛みに体を丸めて悶絶していると、子供特有の、大きな泣き声が聴こえた。
私の方こそ泣きそうになりつつも頭をあげると、私の足の先で、子供が仰向けになって泣いている。
母親はそれを慌てて抱いてあやし、急いで店外へと走っていった。
周りの人たちは何だなんだと親子を観察し始め、いつもとは違う空気が店内に漂い始めた。
そんな中、未だに寝転んだままの私に注目する客は、やはり、誰も居なかった。