三話 死んだ。物理的に。
風邪のような良く分からない症状。
まぁ、主に倦怠感、寒気、喉の痛みに鼻水なのだが、それら風邪によく似た症状は一ヶ月もするとだんだんと治まってきた。
正確には、『私がdwに入り込んでから一ヶ月』であって、風邪のような症状が出たのは夏休みが始まって直後の事だったので、体調が悪い期間は二ヶ月にもなった。
こう見えても、私は大学生である。
一人でアパートに住んでいる、田舎のショボくれた工業大学に入学している、ただの学生だ。
それが今となっては死んでいるのにまだ現世にいる幽霊のような存在だ。
何か他人の手を借りなければいけない時は、その誰かを『こちら側』へと引き込まなければいけないのだから、単なる地縛霊とかとは違って余計に質が悪いのではないだろうか。
……そんな事は、今はどうでもいい。
体調も回復し、久々に学校に行って掲示板を確認して、特に寝込んでいる間に更新されたりもしていない事を確認して、アパートに戻った時だった。
誰からも認識されていない症状はまだ治っておらず、守衛さんも、顔だけ知っている同じ学部の先輩も、素知らぬ顔して私の横を通り過ぎて行く。
考え事をしながら歩いていると誰かにぶつかりそうになる。まぁ、誰かにぶつかっても相手は普通に何もない所で転んでしまったという認識になるのだけど。
……やっぱり、この性質は治らないのかなぁ……と、我ながらブルーな気持ちになりつつ、暑い日差しの中、アパートの私の部屋に戻ってきた。
アパートの前に、人だかりが出来ている。
何だろう。窃盗事件でも起きたのだろうか。部屋の鍵……そういえば閉めたっけ?
そんな呑気な事を一瞬考えた私は、アパートの前に停まっている車が救急車だという事に気付いて、一気に顔が青ざめた。
まさか、そんな馬鹿な考えが実現する筈ない。
そう冷静に考える自分も居たがたまらず走りだして人混み、野次馬の中へと飛び込んだ。
自分が他人に認識されないという事も忘れて、一心不乱に群集の中へと潜り込んだ。
誰も退こうとせず、誰かが押すなと叫ぶ声が多くなる中、ようやく人混みの中から飛び出した。
勢い余ってKEEP OUTの黄色いテープまでちぎって飛び出してしまった。
目の前に、担架が運ばれている。
思わずその毛布を剥ぎとった。誰も、止める人は居ない。
どう見ても、眼の前で冷たくなっているのは、私だった。
誰が何処をどう見ても、それは私で、私が私だと認識出来ない訳もなく。
やはり、私は死んでいたようだ。
綺麗な顔をして、腐っているようにも一切見えず……ただ冷たく死んでいると認識出来る。
私は、ただ呆然とする事しか出来ず。
救急隊員が『風で毛布が剥がれたぞ! ちゃんと縛っておけ!』と後輩に叫ぶ中、
現状を見誤る事すら許さず突き付けられる。
ああ、やはり私は死んでいたのか。
ストックの残りもわずか……書かねば。