二話 起きた。物理的に。
とは言え、この私の思考が飛躍しているだけと言われたら、確かにその通りなのかもしれない。
風邪の状態で、私がいつも通りの思考状態であると断言出来る訳でもなし。寧ろ頭の中はいつもよりも加速気味過熱気味な筈。
そんな状態で出した結論が徹頭徹尾正論な訳がない。
……それでも、私はこう思わざるを得ない。
やはり、私は死んでいるのではないか?
だるくてたまらない身体を動かし、ベッドから何とか立ち上がる。
立った瞬間に猛烈な立ち眩みを起こし、たまらず部屋の中央にあるコタツ机へと手をついて頭を抑える。
キーンと、耳鳴りが止まらない。ワワワワワーンという言葉にしづらい音が何処かから鳴り響く。
けれどもその音の出処は、いくら探しても見付からない……ま、これは私が生まれてからずっと聴こえている音だからさして気にはならないけど。
自分が死んでいるのではないか、という疑問を持つと世界の色んな所に謎が生じてしまう。
先程も言った通り、私の視界には色が薄い世界が広がっているが、この色はどこからどこまでが生きて死んでいるのか? とか、私にもよく説明し難い、言語にしづらい疑問が出てくる。
……何と言うべきか、仮に私が死んでいるとして、その私が居る場所は死人が居る世界、つまり死後の世界という訳だ。めんどくさいからDead Worldの頭文字で『dw』と呼称するが。
さて、その『dw』という世界で動いて居るのは今の所、私だけだ。
だが……それだけで私は私だけが死んだと判断するのは些か早すぎはしないか?
じゃあ何故私はそんな風に判断したのか。
答えはある意味とてもシンプル。
ガチャ、と部屋の扉を開けてみれば、
そこには先程とは大違いの、色彩溢れる世界が広がっているからだ。
ああ、太陽が眩しい。光が、ではなく、色が眩しい。
風邪でとても辛い身体を動かし、何とか最寄りのコンビニまでやってきた。
財布を持って来ている事を店内に入る前に再確認し、それからもう一度深呼吸して入る。
……その深呼吸のせいで少しばかり痰が絡んだ咳をしてしまったが、私を気に掛ける人は居ない。
もう一度深呼吸し、落ち着いてからコンビニに入る。
途端に、空気が死んだ。
いや、空気が死ぬという表現はおかしいかもしれない。的確な表現をするのならば、『私の部屋のように、一瞬にして店内の色が薄くなり、店員や中に居る人も死んだように止まっている』というのが店内を的確に描写したと言うのだろう。
私が店内に入るまでは、彼等も普段通り生活していた。生きていた。動いて、反応して、会話して、働いて、生きていた。
それが、私が自動ドアの前に立ち、店の中に入って来た途端に、色は滲んで空気は淀み、人々はまるで意識を飛ばされたかのように宙へと視線を向けてボーッとしている。
窓の向こうでは楽しそうにおしゃべりしていたのに、私が近付くとこうだ。
「……ゴホッ」
気分が悪くなる。余計に悪くなる。
質が悪いのは、こんな状態になってもらわないとコンビニの会計や世間話も出来ないという事だ。
私を私として認識してくれるのは、この空間の中に居てこの夢遊病者のような状態の人しか、認識してくれない。
他の道路ですれ違う人や、色が眩しい世界に居る人々は私を私として認識してくれない。そもそも私という人間が見えているのかすらも怪しい。この前自動車が一向に反応せず、ブレーキも掛けずに直進してきた時はもう色々と諦めた程だ。
まるで幽霊。声を掛けても肩を叩いても一行に反応してくれない。
けれどもこの世界の中に居る人だけは、反応してくれる。
魂が抜かれたような人しか反応しないとは、いささか皮肉が効きすぎて何も笑えないが。
「……いらっしゃいませ」
「おにぎり、ケホッ、温めて下さい」
「はい……少々お待ち下さい……」
まるで私が『dw』に誘い込んで居るようで、見ている方としても巻き込む方としても気が滅入ってばかりなのだが、こうでもしないと反応してくれないし物が買えないのだから、最近は仕方ないと諦めてこのコンビニに来ている。
腹が減っては治る物も治らない。少なくともろくに食事が取れなかった時期はこのコンビニにすら来る事が出来ない程風邪で衰弱していた。
あの時より体調は回復しているとは言え、いつまた熱が出て来るかは分からないのだから、食事が出来る内に食事をしておいた方が良い。
……そういえば、
食糧をこうして店員を巻き添えにしてでも手に入れようと考え行動し始めたのは一体いつからだっただろうか……?