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VR転生・ロールプレイング

作者: 那言

「ありがとねぇ。あんたのお陰でいつも助かるよ」

 目の前の婆さんが笑顔を浮かべながら言った。

「いえいえ、こちらこそいつも世話になってます」

 そう言って俺は頭を軽く下げた。

「何言ってんの。薬屋が薬売るのは当たり前さね」

「それなら冒険者が依頼を受けるのも当たり前ですよ」

「ほっほっ、それもそうだね。でも本当に助かるよ。依頼受けてくれる人がなかなかいなくてねぇ」

 薬屋の前で俺と婆さんがそんな会話を交わしていると、

「あ、お兄ちゃんだ! あそぼー!」

 と薬屋の奥から幼い女の子が飛び出してきた。

「お、いいぞー」

 俺は身を屈めて女の子を受け止めると、そのまま立ち上がりその場でぐるぐると回転してやった。

「そらそらー!」

「きゃははははは! もっともっと!」

 振り回された女の子が嬌声を上げて喜んだ。

 婆さんはそんな俺たちに向かって目を細めると、

「まさかあんた、うちの孫娘が目的なんじゃないだろうねぇ……」と呟いた。

「へ、変なこと言わないでくださいよ。人聞きの悪い」

 俺が慌てて否定すると、

「冗談じゃ、冗談。それとも心当たりでもあったかえ? ひぇっ、ひぇっ」と楽しそうに婆さんは笑った。


 ──ここは、クローズワールドオンラインというVRゲームの中だ。

 ゲーム内容はファンタジーな世界を冒険するという、よくあるタイプのものである。

 しかし、このゲームには他の似たようなVRゲームとは一線を画する要素があった。

 それはNPCのリアルさだった。

 と言ってもグラフィックのリアルさではない。キャラクターの会話や行動のリアルさだ。

 普通、ゲームの中のキャラクターというと決められた言葉を決められたルーチンの中でしか話さないし、話すことが出来ない。つまり設定された会話以外ではまともに会話することが出来ない。

 しかしこのゲームは従来のものとは違ってきちんとした会話をすることが出来るのだ。

というのもこのゲームのキャラには学習型AIというのが積まれているらしく、 それぞれのキャラが自分で考えて行動することが可能なのだという。

 それによってこのゲームのNPCはまるで中に人が入っているかのような多彩な会話を繰り広げることが出来るのだ。

 まあそれでもゲーム世界が破綻しないよう、そのキャラの役割にそった行動からは外れることが出来ないらしいのだが。

 ちなみに俺が話していた婆さんや女の子もNPCだった。


「じゃあそろそろ時間なので帰ります」

 依頼(クエスト)も終え、女の子とも一通り遊んだのでそろそろ現実世界に帰ることにした俺は二人に告げた。

「えーっ、もっと遊ぼうよー」

「これこれ、無理を言ってはいけないよ」

「ははは、また今度遊ぼうな」

 そう言って頭を撫でてやると女の子は双眸を細めて笑った。

「じゃっ、そういうわけで」

「ああ、また頼むよ」

「また遊ぼうねー!」

 手を振って二人と別れると、俺は歩きながら目の前にステータスウィンドウを展開。端の方にあるログアウトボタンをタップする。

 終了しますか? というウィンドウが表示されたのではいをタップ。

<お疲れさまでした。クローズワールドオンラインを安全に終了いたします>

 というアナウンスと共に視界が闇に包まれていった。


「……あ?」

 次に目が覚めたときは自分の部屋の中──の、はずだった。しかし。

「……ここはどこだ?」

 そこは薄汚れた建物の中だった。

 それもグラフィックの具合からして現実世界ではなくゲーム世界のようだった。

 服装も何やら薄汚れたものに変わっている。

 声もどこかしゃがれたような声だった。まるで自分のものではないような──。

 そこまで考えて、俺は慌てて立ち上がった。

 周囲を見渡し目的のものを探す。

 あった。壁にヒビの入った鏡が埋め込まれてある。

 俺が鏡の中を覗き込むと、そこにあったのは見たこともない、不健康そうな痩せた男の顔だった。

 俺が作ったキャラの顔ではないし、俺自身の顔でもない。

 俺が俺でないことを認識した途端、身に覚えのない記憶が怒涛のように流れ込んできた。

 思わず頭を抱え込み、うずくまった。

 それからどれくらい時間が経っただろうか。

 十分ほどだった気もするし半日だった気もする。もしかしたら一日過ぎているのかもしれない。

 覚えのない記憶を整理し終えた俺はふらつきながら立ち上がり建物を後にした。

 向かった先は薬屋だ。

 婆さんやあの女の子の声が聞きたかった。

 しかし、今の俺の姿はどう見ても以前の俺とは違う。

 どうしたものだろうか。

「どうした? こんなところで」

 薬屋の前でぼうっと立ち尽くしていると後ろから声が掛かった。

 振り返るとそこにいたのは俺だった。

 姿が変わる前の俺だ。

 革の服に身を包んだ、精悍な若者。

 今の俺とは真逆の存在かも知れない。

「ここに何か用でもあるのか?」

 不審そうに訊ねてくる俺。

「いや……もう、いいんだ」

 俺はそう答えると薬屋を後にした。

 後ろからは俺の声と女の子のはしゃぐ声が聞こえてくる。

 どうやら今までの俺の居場所はもうないらしい。

 これからは貧困街の男というNPCの役割をこなさなくてはいけないようだった。


 学習型AI──その正体は、ログインしている人間の意識を記憶ごと複写(コピー)し、新しく作られたNPCに貼付(ペースト)する、というものだった。

 なるほど、リアルなわけだ。

 急激に薄れゆく前世の記憶(きおく)と急速に密度が増していく今世の記憶(せってい)の中で俺は泣きながら笑った。


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