食通着ぐるみさん
ここは何の特徴もない田舎の喫茶店。
新聞社勤めを辞めて、わたしはここで二年前から喫茶店のマスターを始めた。
この喫茶店にある日現れたのが謎の着ぐるみさん。
うさぎの着ぐるみさん。
正直怖い。
見るからに不気味怖い。
しかもこの着ぐるみさん、メニューを指差し注文したのがマスターのオリジナルメニュー。
正直な話、わたしは料理がド下手である。
料理は好きだ、好きだがド下手だ。
マスターとしては致命的なまでにド下手だ。
しかしメニューの種類だけは豊富だ。
何せこれまで実に三百種以上のオリジナルメニューを開発している。
自慢じゃないですよ。
今もそのうち三十種を店に出しているのだが・・・何せ人気はない。
常連さんは絶対頼まないし、一見さんも頼まない。
豆乳アンチョビ餡子カルボナーラなんて誰が頼むのだろう。
考えたのわたしだけど。
豆乳と餡子の甘味がアンチョビのほのかな塩辛さに包まれ、更にカルボナーラソースのまったり濃厚さが何とも言えない一口でお腹一杯感を味合わせてくれる。
そんなメニューを頼んだ着ぐるみさん。
頼んじゃった。
びっくりしたけど、でもちょっと嬉しい。
でもやっぱり何か怖い。
恐る恐る着ぐるみさんに料理を出してみた。
というかカウンターに座るのやめてください。
近いです、凄く近いんです。
つぶらな瞳が怖すぎるんです。
お構いなしに食す着ぐるみさん。
いや、これは食してない。
食す気がない。
だって頭取る気ないもの。
そのまま食べようとしてるもの。
無理だって、無理だって!
諦めた。
諦めた・・・
何しに来たんだこいつ、何がしたいんだ・・・
お金払って帰っていった。
着ぐるみさんがレジする光景がシュール過ぎます。
そしてもう二度と来ないでください。
次の日また来た。
嫌がらせですか。
店の評判を落とすための黒い陰謀的な何かですか。
落とすほどの評判もないけど。
着ぐるみさん以外に今、お客さん居ないけど。
お客さんが着ぐるみさんだけって状況に泣けてきそうです。
ご注文は?え?またオリジナルメニュー?
今日はかつおのたたき風オムライスね。
実はそれ自信作なんだよね、ちょっと嬉しいかも。
オムライス(ライスはチキンライス)をケチャップかけるだけじゃつまらないから、強火で炙ってから冷水で引き締める!
ソースは勿論ポン酢ね。
っていうか、やっぱ食べる気ないよね?
頭取ろうよ。
え?
そこ開くんだ・・・
改良したのかな。
食べてる。
すっごいボロボロ溢れてるけど食べてる。
どう?美味しい?
あ、うんうんって言ってる。
可愛いかも・・・
ホントに味分かってるのかな。
完食した。
何なのこいつ・・・
食べたらさっさと帰るし。
あ!ちょっといいとこに来た!店番お願い!一生のお願いだから!
友達だから平気でしょ、さーてどんな奴か確かめてやるんだから。
この辺、駅前だよね。
まさかここからずっとあの格好で・・・?
今、お昼過ぎだけど仕事抜け出してきたのかな?
でも仕事道具あんなに汚して大丈夫なの?
私物って事は流石に・・・ないよねー。
あ、どっか建物入っていく。
音、立てないよーにと。
あ・・・脱ぐ?
決定的瞬間!
どうせおじさ・・・
え・・・?
やっぱりね、来ると思ってた。
ん?今日はこれ?
残念でしたーこれもう今日品切れなんだよね。
こっちならあるよ、こっちにしたら?
そう、素直が一番だよ。
じゃキムチ抹茶ロールキャベツね。
トマトでもなく、コンソメでもなく、敢えて抹茶のソース!更に甘いだけじゃつまらないからキムチの辛さを加える。
キムチはイカとエビが入った海鮮のやつ。
わたし魚介類好きなんだよね。
キャベツは丹念に煮込んでるんだから。
これなんてもう一時間も煮込んでるんだから、しっかり味が染み込んでて絶対美味しいよ!
どう?美味しい?
・・・そろそろ、それ脱いだら?
え?でも他にお客さん居ないし。
・・・
いいか。
ね、これは独り言なんだけど。
お父さん待ってるんだよね、わたし。
禄でもない人で、家族置いていつの間にか消えちゃって。
お母さんも随分苦労して、一ヶ月前に死んじゃったんだけどね。
でもお母さん、お父さんの事大好きだったなぁ。
最後までお父さんに会いたいって言ってた。
わたしも、もう一回会ってみたいかも。
前にお父さんに手料理食べさせた事があってね。
料理ド下手なんだよね、わたし。
食べてるから知ってるか。
美味しいって言ってくれた人誰も居なくてさ。
お父さんが一度だけ言ってくれたから。
あ、わたしって料理上手なんだ、って。
こーんな小さな子供の時の話だよ?
だからもうお父さんは忘れてるだろうけどね。
でも、料理の腕上げて今度はお父さんにもうちょっと美味しい手料理食べさせてあげたいなぁって。
いつになるか分からないけどね。
冷めちゃうけど、食べないの、着ぐるみさん?