休暇返上
左手で額の汗をぬぐった俺は、とりあえず代替の右腕を取り付けてバスルームに入った。
右手でシャワーの操作パネルに触れた。
やはりワンテンポ遅れる。脳の命令に右手の動きがついてこない。
しかし、日常生活に支障ないので仕方あるまい。しばらくの辛抱である。
熱いお湯は、頭の中から右腕の不快感と悪夢を幾分かは洗い流してくれたようだ。
バスルームを出て、コーヒーをすすっていると、電話がかかってきた。
今の電話はベルが鳴るわけではない。
ホームコンピューターが、電話・来客・メディア等の情報をあらかじめ設定したレベルで管理してくれる。たとえば、俺の部屋の場合は、電話がかかってくると、女性の声で、誰から電話がかかってきてるか教えてくれるようになっている。
出るか、出ないか返事をすれば、コンピューターがそのとおりにしてくれるというわけだ。
「ケンジ様あてにヤマト様よりレベルAの電話がかかってきております」
これはコンピューターの声で、俺の耳元でささやくように聞こえてくる。
部屋のどこにいても超指向性スピーカで俺の耳元を狙ってくるので聞き漏らすことはない。
また、同じ部屋に別人がいてもよほど近づいていない限りその別人にはコンピューターの声は聞こえないという便利なものだ。
「わかった。画像モードで出る」
現代の電話は、当然テレビ電話であるが、ビジネスでの電話は別として、プライベートでは最初から画像を使う場合はあまりない。
自分の部屋にいる時は、かなりだらしない格好をしている人の方が多いらしい。
もちろん俺もその一人であるが、この電話の相手は俺の上司である。
それにレベルAは仕事上の連絡である。こちらの裸が相手に見られようと、相手の顔を見ないわけにはいかない。
コーヒーカップを持ったまま、壁掛けテレビ前のソファーに座ると、テレビに電源が入りヤマト准将の顔が大写しで写った。
じゃがいものようにごつごつした顔で相変わらず頭は薄いが、目つきは鋭い。
「ケンジ中尉、休暇中申し訳ない。仕事が入った。明日13:00時に私のオフィスにきてくれ」
「わかりました」
休暇があと5日も残っているのに二つ返事でOKした。
いつものことである。これで、取り消しになった休暇の累計は軽く3ヶ月は超えるだろう。
仕事の内容については電話では詳しく聞かない。
どこで盗聴されているかわからないからだ。
唯一の心配といえば、今度の仕事に俺の右腕のオーバーホールが間に合うかどうかということだ。




