プロローグ
息が苦しい。
額に汗が流れる。
氷のように冷たい汗だ。
だが、音を立ててはいけない。
暗闇の中で、俺は右手に拳銃を持ち、建物の角の壁に体をぴったりとはりつけ、曲がった向こう側にいるはずの敵の気配をうかがっている。
厳しい訓練で身に付けたヨガの呼吸法で心肺機能を平準化させ、敵の気配が迫ったその瞬間、俺は、建物の角から右手だけを出し、確実に敵を倒すため、引き金を引いた。
・・引いたつもりだった、が、拳銃がない。
それどころか、目の高さまで上げたはずの右手すら、ない。
あるはずの右手・そして右腕を探して視線をずらしていくと、右肩の先で5センチ位の右腕がカクカク動いているのが見えた。
それを見た俺の心臓は1回バックンと大きく動き、口をゆがませながら大きく開き、腹の底からうなるような、叫びを上げた。
「う・うおおお・・・」
自分の唸り声に、はっと眼がさめた。
俺は、暗闇の街ではなく自分の部屋のベッドの上にいた。周りは明るい。白い壁が窓からの光を受けて薄明るく光っている。
「夢か・・」
全身汗だらけになっていた。
だが、周りは暗闇ではない。
見慣れた自分の部屋である。
夢と同じように流れる額の汗を拭こうと右手を上げたが、額にはなにも届かなかった。
やはり夢のように心臓が1回大きく鼓動したが、その鼓動とともに、寝ぼけた頭に現実の記憶が音を立てるように戻ってきた。
俺は、今、3ヶ月にもわたる長期作戦がやっと終了し、休暇をとっている真っ最中だった。
そして、その期間を利用して最近調子の悪い右腕を兵器開発センターにオーバーホールに出していた。
もちろん、代替の市販品の腕をもらっていたが、しっくりこないためはずして寝ていたのだった。
そう、俺には右腕がない。俺の属している連邦軍の特殊工作部隊は訓練が厳しいことで有名である。
訓練中に命を落としたやつもいる。
俺の右腕も、3年前の演習の時、爆発とともに吹っ飛んだ。
だが、西暦2156年の現代では、人工臓器の技術が発達し、義手や義足は、本物とほとんど寸分ちがわないようになってきている。
「痛い」「熱い」等の触覚も、本物とかわりない。へたをすると発揮する力は本物よりも性能がよいものがあるくらいだ。




