8話 試される子2
通路は、静かだった。
壁も、床も、天井も、同じ色をしている。白に近い、淡い色。よく見ると、ただ滑らかなだけではない。表面には、何か大きなものが這ったような跡が残っている。引きずった跡。押しつぶした跡。長い胴体が、ゆっくり通った痕跡みたいだった。
(……でかいやつ、通ったな)
怖い、というより、納得に近い感覚があった。この洞窟は、最初から「何か」を内側に通す前提で作られている。そんな形をしている。
野蒜は、慎重に歩き出す。
一歩、進む。
壁の光が、わずかに強くなった。
「……?」
足を止める。動かない。確認する。もう一歩。
今度は、はっきり分かった。進むたび、通路が明るくなっていく。それだけじゃない。壁が、ほんの少しだけ遠ざかる。圧迫感が、薄れていく。
(広がってる……?)
走っているわけじゃない。魔力を使った覚えもない。ただ、歩いただけだ。それなのに、洞窟が応じている。道が、合わせてくる。
(道案内?)
そんな言葉が、自然に浮かぶ。
野蒜は、壁に手を置いた。
ひんやりしている。だけど、その奥に、別の感触があった。水の流れみたいな、目に見えない何かが、壁の中を通っている。
(……魔力?)
思わず、息を呑む。
魔力は、魔石の中にあるものだ。ゴーストが落とすものだ。特別なものだ。そう教わってきた。
でも――
(壁の中、流れてる)
そっと、意識を集中する。すると、さっきまでは気のせいだと思っていたものが、はっきり輪郭を持ち始める。見える、というより、分かる。流れが、方向を持っている。
洞窟の奥へ。
怖さは、なかった。冷たくもない。拒絶もない。ただ、淡々と、そこに在る。
(……優しいな)
野蒜は、そう感じてしまった自分に驚いた。
進むにつれて、通路はさらに広がる。光は均一になり、壁の這い跡も、より大きく、はっきりしていく。まるで、ここが「通る場所」だと、何度も使われてきた証みたいだった。
やがて、行き止まりに出る。
通路の先は、少し広い部屋になっていた。中央に、丸い台座がある。石のようで、石ではない。洞窟と同じ素材でできているのに、そこだけは意図的に削り出された形をしている。
台座の上に、魔力が集まっていた。
いや、集まっている、というより――巡っている。
台座の淵に沿って、円を描くように流れる魔力。その内側に、さらに小さな円。いくつも重なった、単純な図形。模様というより、構造。意味を持った配置。
野蒜は、首を傾げた。
(……これ、何)
とりあえず、魔力を流してみる。魔石に意識を向け、いつものように。
……反応はない。
流れに乗せようとしても、弾かれる。干渉できない。魔力は、そこに「映っている」だけみたいだった。触れられない映像。説明用の図。そのように感じた。
部屋を見渡す。
出口は、来た道だけ。逃げ道も、別ルートもない。
(……詰み?)
一瞬そう思ってから、首を振る。
違う。この台座には、確かに魔力がある。さっき、壁で感じた流れと同じ感触。なら――
(こっちじゃない)
野蒜は、魔石から意識を外した。
代わりに、自分自身に集中する。
胸の奥。いつもより、少しだけざわついている感覚。授業で、思いきり流してしまった、あの日の感覚に近い。
(……ある)
怖くない。暴れない。ただ、そこにある。
野蒜は、思いつきで、台座の魔力の流れに沿って、自分のそれを重ねてみた。
触れた瞬間。
台座の円が、淡く光った。
部屋全体が、息を吸うみたいに静まり返る。
野蒜は、目を見開いた。
(……通った)
誰かに教えられたわけじゃない。ただ、そうするものだと、分かった気がした。
この台座は、試している。拒むんじゃない。教えている。
野蒜は静かに理解した。




