表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

6話 落ちる子2

暗い。


――と思ったのは、ほんの一瞬だった。


次に野比野蒜が感じたのは、

足元の感触だった。


硬い。

けれど、土でも石でもない。


「……?」


ゆっくりと目を開く。


光があった。


空から差す光ではない。

壁そのものが、ぼんやりと淡く光っている。


白。

少し青みがかっていて、

呼吸しているみたいに、わずかに明滅していた。


野蒜は、仰向けのまま天井を見る。


そこには、空はなかった。


代わりに、

鍾乳洞のような凹凸のある天井が、

不自然なほど整った曲線で続いている。


(……地下?)


体を起こす。


足元は平らだった。

妙に平らすぎる。


自然の洞窟というより、

「通路」と言った方がしっくりくる形状。


壁。

床。

天井。


全部が同じ素材で、

同じ色で、

同じ温度をしている。


ひんやりしているのに、寒くはない。


音が、ない。


水の滴る音も、

風の音も、

虫の気配もない。


自分の呼吸音だけが、

やけに大きく響く。


「……」


野蒜は立ち上がる。


体は、動く。

どこも痛くない。


(落ちたのに……)


記憶を辿る。


庭。

白蛇。

地面が抜けて――


「……」


ここが何なのか、

考えるまでもなかった。


(ダンジョンだ)


授業で聞いた。

ニュースでも見た。


「内部構造が不明」

「物理法則が一部異なる」

「発見されても、入り口が安定しないことがある」


その言葉が、

遅れて現実味を帯びる。


通路は、一本だけ続いている。


分岐はない。

曲がり角もない。


ただ、奥へ。


進め、と言わんばかりに。


(……これ帰り道、あるのかな)


心臓が、どくんと鳴る。


でも、不思議と足は止まらなかった。


怖い。

けど――


(ちょっと、ワクワクしてる)


自覚した瞬間、

野蒜はムフーと笑いそうになって、

慌てて口元を押さえた。


(落ち着け、私)


(これはピンチ。カッコよく対処する場面)


一歩、踏み出す。


靴底が床に触れた瞬間、

壁の光が、わずかに強くなった。


……気がした。


通路の先、

光の色が、

ほんの少しだけ変わっている。


白から、

淡い緑へ。


まるで――


「奥に、何かいますよ」


そう言われているみたいだった。


野比野蒜は、その光の中へと進んでいこうとして、ふとその場で立ち止まった。


(……あ)


胸の奥で、何かが引っかかる。


怖いとか、ワクワクとか、その前に。

もっと別の――

ずっと前に、何度も聞かされた言葉。


(何かあった時は、まず――)


父の声。

少し間の抜けた、でも真面目な声。


『慌てない』

『動かない』

『まず、確認』


母の声が被さる。


『周りを見なさい』

『自分が無事かどうか』

『持ってるものを全部把握する』


(……そうだ)


野蒜は、深呼吸をひとつした。


ムフー、は飲み込む。


まず、自分。


腕を動かす。

指を握る。

足を踏みしめる。


痛みはない。

違和感もない。


(よし、生きてる)


次に、周囲。


壁。

床。

天井。


近づいてくるものは、ない。

音も、ない。


通路は相変わらず一本だけ。

逃げ場がないのか、迷う必要がないのか、どっちとも取れる。


(……判断保留)


そして、持ち物。


野蒜は、鞄を胸の前に抱えて、ひとつずつ確認する。


財布。

スマホ。

鍵。

よく分からないキャラのキーホルダー。

ハンカチ。

ティッシュ。


スマホの画面を点ける。


……圏外。


(ですよね)


ダンジョンでは基本的に使えない。

人工的に中継地を作って使えるダンジョンもいくつかはある。


バッテリーは、十分。

ライトは、使える。


次。


制服のポケット。


学生証。

ペン。

メモ帳。


魔石。


指先が、硬い感触に触れた。


授業用の、小さな魔石。

白免許実習で使っているやつ。

保護者同伴であれば練習して良いと渡されたモノだ。


野蒜は、少しだけ肩の力を抜いた。


(使い方は、まだ完璧じゃないけど)


(何もないよりは、だいぶマシ)


最後に、靴。


靴紐、結び直す。

転ばないように。

走れるように。


現状確認終了。

武器になるようなモノが鞄くらいしかないのが不安ではあるが、とりあえず近くに落ちていた石を鞄に詰めて簡易的な武器にする。


見た目が小学生なので第三者が見たら不安しか無いが。


野蒜は、もう一度だけ、

通路の奥を見る。


光は、待っている。


(……)


(よし。今の私、たぶん、けっこう冷静)


胸の奥で、小さくガッツポーズ。


(カッコイイ女ムーブ、できてる)


両親の声が、もう一度だけ頭をよぎる。


『困ったら、戻る』

『戻れなかったら、無理しない』

『一人で抱え込まない』


(……一人だけど、抱え込まない努力はする)


野比野蒜は、

スマホのライトを点け、魔石を握りしめ、


一歩だけ、前に出た。


ダンジョンは、まだ何もしてこない。


ただ――

それを、ちゃんと見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ