50話 少女は導く
本日もよろしくお願いします。
シロは台座の上でゆらりと身をくねらせ、二人の少女を交互に見つめた。
『うむ、二人とも素質はある。……だが、勘違いするな。野蒜殿と成海殿、そなたらは願いを伝えるための「魔力へのアプローチ」……その伝え方が、根本から少しばかり違うのだ』
「伝え方が……違う?」
「……私と野蒜で、どう違うんですか?」
ミシェルが真剣な表情で問いかけると、シロは少しだけ言葉を選び、説明を続けた。
『それは追々理解していくことになろう。まずは、そなたら二人に共通する「基本」を教えねばならぬ。……野蒜殿、成海殿。この台座に映し出された紋様、そなたらの目にははっきりと見えておるな?』
二人は顔を近づけ、台座の表面を見つめた。そこには幾何学模様ではなく、大小さまざまな円が幾重にも重なり、互いに溶け合うような不思議な紋様が浮かび上がっていた。
「うん、バッチリ見えてるよ。前よりずっと鮮明かも」
「ええ、静かに明滅してるわね」
二人が力強く頷くのを確認し、シロは台座の縁にその小さな頭を寄せた。
『この台座は、かつて野蒜殿が初めて「雨」を降らせた場所。……そしてここは、我が先ほど言った「模倣」の技術を学ぶための場所でもあるのだ』
「模倣の技術……。さっき、それは形だけ真似てるだけって言ってませんでした?」
野蒜が不思議そうに首を傾げる。
『左様。だが、赤子が親の言葉を真似て言葉を覚えるように、まずは完成された「理」をなぞることから始めねばならぬ。この台座に流れる紋様は、いわば世界の設計図の断片だ。……ただし、今見えているのは単なる「投影」。光の線そのものに、直接干渉することはできぬ』
「あ、やっぱり。この前も触ろうとしたけど、スカスカだったもんね。ただ映ってるだけっていうか」
野蒜は前回の探索を思い出し、納得したように頷いた。あの日、不思議な光の線に指を伸ばしたが、それは幻のように指を通り抜けるだけで、実体などなかったのだ。
『うむ。だからこそ、その投影された線と流れを手本とし、その真上に己の魔力を重ねて「なぞる」ように、実体となる紋様を描き出すのだ。その写しが完成した時、事象……すなわち「雨」が降る』
「……やってみる。ミシェルちゃん、見ててね」
野蒜が意を決して、プニーネンの装束の袖を少し捲り、台座にそっと掌をかざした。
野蒜は台座に映る「円」の流れをじっと見つめ、人差し指の先から細い魔力の糸を引き出す。投影された光の線の上を、震えることなくスラスラとなぞっていく。
野蒜が最後の円を描き終えた瞬間。
ただの投影だった紋様の上に、野蒜が描いた実体としての魔力がぴったりと重なった。
パツン、と小さな水音が響く。
洞窟の天井から、一粒、また一粒と、透き通った雨の雫が降り注いだ。
「……できた。」
「すごい……。何度見ても綺麗」
ミシェルはその光景を、Gプロのモニターと生身の目、両方で焼き付けた。
『……次は成海殿の番だ。野蒜殿が今なぞった感覚を忘れぬうちに、挑戦してみるが良い』
「……はい」
ミシェルは緊張で少し冷たくなった自分の手を見つめ、野蒜に代わって台座の前へと立った。
ミシェルは、自らの内に眠る得体の知れない熱に戸惑いながら、一つ深く呼吸を置いた。
目の前の台座には、幽かな光の円がいくつも投影されている。理屈ではわかっている。その線の上を、自分の魔力でなぞればいいのだと。
だが、肝心の「魔力を流す」という感覚そのものが、彼女には全く未知のものだった。
(……流す? 蛇口をひねるみたいに? それとも、意識を向けるだけ?)
戸惑うミシェルの指先は、台座の上で所在なげに震えている。
「ミシェルちゃん、力抜いて。……貸して」
隣で見ていた野蒜が、そっとミシェルの手に自分の手を重ねた。
その瞬間、野蒜の手のひらから、春の陽だまりのような温かさがミシェルの肌を通じて流れ込んできた。
「――っ!」
ミシェルは思わず肩を揺らした。自分の体の中に、自分ではない「何か」が浸透してくる不思議な感覚。だがそれは決して不快なものではなく、道標のようにミシェルの内側にある「澱み」を押し流していく。
「そう、そこにある熱いのを、指先まで持っていく感じ。……ほら、出てきた」
野蒜の導きに応えるように、ミシェルの指先から、野蒜の黄金色とはまた違う、月光のように静かな白銀の魔力が細い糸となって紡ぎ出された。
自分の体から何かが溶け出していくような、何とも言えない浮遊感。ミシェルはその感覚を逃さぬよう、全神経を指先に集中させていく。
(……これ、だ。この流れを、このまま……)
ミシェルの意識が研ぎ澄まされ、台座の投影された円を捉えた。
野蒜は、ミシェルの魔力が安定したのを見計らうと、そっと自分の手を離した。
支えがなくなった不安を一瞬だけ感じたが、ミシェルの指先は止まらなかった。
むしろ野蒜の手が離れたことで、ミシェル自身の「伝え方」が、白銀の糸に宿り始めていた。
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