49話 少女は名乗る
本日もよろしくお願いします。
白蛇が本格的な解説を始めようとしたその時、ミシェルが「ピシッ」と真っ直ぐに手を挙げた。
『……どうした?』
「お話を遮ってすみません。器の使い方についてと仰いましたが、それは野蒜が以前見せたような『雨を降らせる力』や、魔力の具体的な扱い方も含まれるのでしょうか? もしそうなら、記録のためにカメラを回してもよろしいでしょうか?」
隣で聞いていた野蒜は、内心で戦慄した。
(ミシェルちゃんが頼もしすぎる件について……!)
確かに、これから教わるのは世界の理に関わる超重要なレッスンだ。記録の許可を取っておくのは、現代の探索者としてあまりにも正しい。
野蒜はとりあえず腕を組み、うむうむと深遠そうに頷いておいた。「私は最初からそのつもりだったよ」という顔を作る、名付けて「全部分かってたよ作戦」である。
『うむ。基本的な力の使い方を知らねば、器はただの布に過ぎぬ。ゆくゆくは教えていくつもりであったが、この前のような事態もあろう。今、教えておくことにする。……そして、それを他の人々にも伝えるが良い。我が望むのは、淀みではなく広がる波紋だ』
うむうむと頷く野蒜。
うむ?となる。
野蒜は、前にここへ来た時に白蛇がそんなことを言っていたのを朧げに思い出した。独占するのではなく、広めること。それがこの主の望みなのだ。
ミシェルは許可が出るやいなや、そそくさと自分のリュックから小型デバイスを取り出した。それは野蒜が自衛隊から進呈されたものと同じ、最新型の『Gプロ』。なんとミシェルは、今回の探索のために自腹で最新機種を購入していたのだ。彼女はそれを後ろに置いた荷物の上に、画角を確認しながら手際よくセットする。
「お待たせしました。続きをお願いします」
準備万端のミシェルに、白蛇は感心したように、あるいは少し圧倒されたように頷いた。
『……うむ。ではまず、其方らの名を訊いても良いだろうか?』
「「……」」
二人は顔を見合わせた。そういえば、今まで散々やり取りをしていたが、正式に自己紹介をしていなかった。
「野比野蒜です! 現役女子高生17歳! 彼氏無し! 入ってる部活も無しです!」
「佐藤・ミシェル・成海です。18歳です。……よろしくお願いします」
野蒜の気まずい空気を無かった事にする為の、勢いのある自己紹介につられるようにミシェルも丁寧に頭を下げた。
『野蒜殿と成海殿だな。よろしく頼む』
白蛇はチョコンと可愛らしく頭を下げた。その仕草に、野蒜は(……なんか、ちょっと可愛いかも)と、親近感を覚え始めていた。そこでふと、大切なことを思い出す。
「あの、白蛇さんのこともなんて呼べばいいですか? お名前とか……あるんですよね?」
白蛇は少しだけ考え込むように、黄金の光を明滅させた。
『名、か……。久しく呼ばれておらぬが、大昔、我と共に過ごした人間が「シロ」と呼んでおったな。民からは「シロ様」などとも呼ばれておったが』
「シロ! わかりました、シロさんですね!」
「シロ様って呼びなさいよ……」
ミシェルのツッコミをスルーして、野蒜は親しみを込めて「シロさん」と呼ぶことに決めたようだ。白蛇――シロは、特に気分を害した様子もなく、少しだけ頭をかしげた。
『さて、何から話そうか。……まずは、そもそも何故この場に二人だけを呼んだのか、そこから始めようか』
白蛇の言葉に、二人の表情が引き締まる。
『道の入り口には、其方ら以外の人間も大勢居った。だが、我は其方ら二人以外、ここへは呼んでおらん。他の者は、別の道……すなわち、各々の器に見合った試練の場へと飛ばしてある』
「え……じゃあ、自衛隊の人たちは別の場所に?」
「……佐々木さんたち、大丈夫かな」
不安げな二人を宥めるように、シロの声が響く。
『案ずるな。彼らには彼らの、今必要な経験を与えてある。……だが、其方ら二人は違う。我があえてこの中枢へ招いたのは、其方らが他の人間とは決定的に違う「点」があるからだ』
「えっ!? 私も、ですか……?」
ミシェルは思わず声を上げた。特別な力を持つ野蒜ならまだしも、自分もその「特別」な括りに入っていることに、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。
『うむ。そなたらはどちらもその資格があるようだ。』
『魔力に願いを伝える事の出来る者だ。』
「え……? 魔力に願いを、ですか?」
ミシェルが困惑したように聞き返すと、シロは台座の上でわずかに身を震わせ、言葉を重ねた。
「願い……」
野蒜は自分の手を見つめる。前回の雨も、今の「プニーネン」の装束も、確かに自分の「こうなりたい」「こうしたい」という強い想いから生まれたものだった。
『己の魔力を操り、事象を発生させることは、大小の差はあれど誰にでもできる。だが、それは単なる「模倣」だ。形だけを真似て、事象を発生させているに過ぎぬ。』
シロの透き通った声が、洞窟の隅々にまで染み渡る。
『しかし、そなたらは違う。魔力に対して祈り、願い、確固たる意志を持たせることができる。その力の「方向性」を自ら決め、無から有へと事象を発生させることができるのだ』
「それって……魔石を使った魔法みたいなのとは違うんですか?」
ミシェルが首を傾げる。エイプリル・リアル以降、世界中で魔法のような現象が起きている。それらもすべて「願い」の結果ではないのか、と。
『それは魔石にある魔力をそうなる特性がある物に流しているにすぎぬ。事象を発生させる物が無ければならない。本来であれば魔石は使わずとも魔力は人の中にもあるのだ。多くの人間はその使い方を忘れてしまったのだ。』
『ただそれとも、そなたらは違う。空間にある魔力と、自身にある魔力に願い事象を発生させる。世界に愛された存在だ』
『それができる才のある人間は、それなりにおる。……だが、ある程度「心に壁」が生じると、それが途端に難しくなるのだ』
「心の、壁……」
『人は育つと、知識や常識という名の壁が心に生じやすい。これはこうあるべきだ、これは不可能だ。そうした「理屈」が、純粋な願いを曇らせ、魔力への伝達を阻害する』
シロは二人の少女を慈しむように見つめた。
『そなたらは、その壁が極めて薄い。あるいは、その壁を飛び越えるだけの強固な「自分」を持っておる。だからこそ、魔力は迷わずそなたらの声に応えるのだ。……特に、大人になってもなお、その純度を保っておる者は希少だ。そしてそんな者達が波紋を生み出し壁を破るのだ』
「……それって、私たちがちょっと子供っぽいってこと?」
野蒜が口を尖らせると、シロは少しだけ愉快そうに目を細めた。
『ふむ。それを「純粋」と呼ぶか「幼稚」と呼ぶかは、人によるであろうな』
「……っ!」
野蒜がズッコケる横で、ミシェルは自覚のない自分の「才」について、静かに考え込んでいた。自分の中に、野蒜と同じだけの「願い」の力が眠っている。その事実に、不安と期待が入り混じった熱が胸の奥で灯るのを感じていた。
面白ければブックマーク、評価などお願いします。
作者のモチベーションになります。
よろしくお願いします。
いつも読んでいただきありがとうございます(^ω^)




