表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/52

46話 少女はまた落ちる

本日もよろしくお願いします。


翌朝。


場所は野蒜の自宅、ペンション『のびのび』の前。

まだ夜が明けきらない蒼い空気の中、野蒜は右手側に広がる深い森を見つめ、深く、長く一呼吸を置いた。


「野蒜、成海ちゃん。……本当に、気をつけるのよ」


背後からかけられた声に、二人は同時に振り返った。

ペンションの玄関先には、野蒜の両親と、そしてミシェルの両親が並んで立っている。

野蒜は、隣に立つ親友の両親を改めて見て、思わず目を丸くした。


(……モデルさん?)


ミシェルの母親は、艶やかな黒髪ロングを後ろですっきりと纏めた、凛とした佇まいの長身な日本女性。そして父親は、それよりもさらに背が高く、燃えるような赤毛に優しい茶色の瞳をしたフランス人男性だった。

ミシェルの、茶色に近い柔らかな毛色や、どこか大人びた知的な横顔は、間違いなくこの母親譲りだ。


「成海、友達をしっかり頼みますよ」


父親が少し低く、けれど温かい声でミシェル――成海に声をかける。ミシェルは「わかってるって、パパ」と少し照れくさそうに笑った。


「佐々木一尉、娘たちを……どうかよろしくお願いします」

野蒜の父の言葉に、最初から同行の準備を整えていた佐々木が、重々しく頷いた。


「責任を持って。……では、行きましょう」


一行は、ペンションの庭から朝露に濡れた森へと足を踏み出した。


佐々木を先頭に、数名の自衛官が周囲を警戒しながら進む。右手には野蒜、左手にはミシェル。二人は昨夜の約束通り、しっかりと手を繋いでいた。


この森に、あの『道』への入り口がある。

数日前。これまでは小さな白蛇に誘われるまま、ふわふわとした足取りで境界を越えてきたが、今回は自分の足で、明確な意思を持って進んでいく。


(……変な感じ。世界が遠ざかっていくみたい)


森に入ってから、まだそれほど歩いていないはずだった。

ペンションの屋根がまだ木々の隙間に見えているような距離。それなのに、唐突に周囲を濃い霧が包み込み始めた。


「……霧? 全員、警戒せよ!」


佐々木の声が響く。自衛隊員たちが一斉に周囲へ銃口を向け、あるいは測定器を確認する。

視界はまたたく間に数メートル先も見えないほどに白く染まっていく。野蒜とミシェルは、互いの手の感触だけを頼りに立ち止まった。


「野蒜、大丈夫? 私、離さないからね」


「うん、ミシェルちゃん。……ありがとう」


霧の向こうで、隊員たちの鋭い声や金属音が聞こえる。

立ち止まり、背中を合わせるようにして周囲を見回す二人。

だが、次の瞬間。


「え……?」


足元の感覚が、唐突に消失した。

地面があったはずの場所が、音もなく巨大な「穴」へと変貌していた。

叫ぶ暇もなかった。

立ち止まっていたはずなのに、重力に引かれるまま、野蒜の体は奈落へと吸い込まれていく。


「野蒜――っ!」


ミシェルの叫び声が耳元で響く。

繋いだ手は、離れなかった。

霧のホワイトアウトの中、二人の少女は互いの手を握りしめたまま、境界の深淵へと真っ逆さまに落ちていった。


「嘘でしょぉ! またこれーー!!」


野蒜の絶叫が、白く染まった森の中に虚しく吸い込まれていった。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>



繋いだ手にかかる重力が、ミシェルの温かさだけを現実として伝えてくる。どれほどの時間、落下していたのか。感覚が麻痺し始めた頃、唐突に衝撃が全身を襲った。


「いたたた……」


「……うぅ」


気がつくと、野蒜とミシェルは冷たい地面の上に転がっていた。

ペンションの庭の朝露に濡れた土ではない。もっと硬く、乾燥した、岩のような感触。

野蒜は這うようにして上半身を起こし、周囲を見回した。


「……ミシェルちゃん? 大丈夫?」


「……ええ、なんとか。腰、打ったみたいだけど」


ミシェルも顔をしかめながら立ち上がる。リュックの中身がカチャカチャと音を立てた。

霧は晴れていた。

だが、そこは森の中ではなかった。


天井からは、黄金色に輝く微細な魔力の粒子が、雪のように静かに舞い降りてきている。

前方は、暗い洞窟のような通路が奥へと続いており、振り返れば、そこは行き止まりの壁だった。

落ちてきたはずの「穴」も、佐々木一尉や自衛隊員たちの姿も、どこにも見当たらない。


「……佐々木さんたちは? 穴は?」


ミシェルが不安げに壁を触る。冷たい岩の感触があるだけだ。


「……たぶん、あっち側に取り残されたんだと思う」


野蒜は、自分でも驚くほど冷静に言った。

二回目だ。数日前。この場所の手触りは、身体が覚えている。

パニックになっても始まらない。野蒜は一呼吸置き、自身の内側にある黄金色の魔力を意識した。

その魔力を、視覚へと反映させる――。


(……見えた)


野蒜が目を凝らすと、岩壁のあちこちに、血管のように細く、しかし力強い魔力の線が走り始めた。その光の筋は、全て洞窟の奥、暗闇の彼方へと向かって流れている。


「……いたーい。もう、何なのよ一体」


腰をさすりながらぼやいているミシェルに、野蒜はそっと近づいた。


「ミシェルちゃん。……あそこ、見て」


「え? 何も……」


「集中して。……魔力の流れを、感じるの」


野蒜の言葉に、ミシェルは半信半疑ながらも暗闇の壁に目を凝らした。

五年前のAR以降、世界には魔力が満ちている。魔法は使えずとも、誰もが微かにその気配を感じ取れるはずだ。


「……あ」


ミシェルの瞳が、驚きに見開かれた。

最初はただの岩壁に見えていた場所。そこに、ぼんやりと、けれど確かに黄金色の光の線が浮き上がり、静かに、けれど淀みなく奥へと流れていくのが見えたのだ。


「……綺麗」


ミシェルが、思わずといった様子で呟いた。

その黄金の光は、恐ろしい場所というよりは、何か神聖な、世界の血流を見ているような、圧倒的な美しさを持っていた。


「よし!行こうか!ミシェルちゃん!」


野蒜は、ムフーと「カッコいい女」の笑みを浮かべ、ミシェルに向かって右手を差し出した。

カッコいい女がムフーと笑うかどうかは定かではないが。


恐怖はある。けれど、隣には、自分の魔法を「綺麗」と言ってくれた親友がいる。


「……うん!」


ミシェルは力強く頷き、野蒜の手をしっかりと握り返して立ち上がった。

二人の少女は、迷うことなく歩き出した。



面白ければブックマーク、評価などお願いします。

作者のモチベーションになります。

よろしくお願いします。


いつも読んでいただきありがとうございます(^ω^)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ