44話 少女は知る2
野蒜の目が驚愕に見開かれた。掲示板では「コミュニケーションを取ったのは巫女姫が初じゃないか」と騒がれていたが、事実は違ったのだ。国は、とっくに「彼ら」と話をしていた。
「ああ。他国が武力行使による排除を試み、ことごとく失敗して文明を焼かれる中、我が国は『対話』の道を選んだ。……その接触した存在を、我々は仮に、『彼女』と呼称している」
佐々木の説明は、戦後最大の禁忌に触れるようでもあった。
「二人は覚えているか? 5年前、世界中でエネルギーラインが寸断された時のことを。海路も空路も封鎖され、資源のほぼ全てを他国に依存していた日本は、本来なら数ヶ月で干上がって死滅するはずだった」
「ああ……。タンカーが魔物に襲われて、ガソリンなんかが全然入ってこなくなったあのヤツですよね。お父さんが『もう車動かせない』って絶望してたの覚えてます」
野蒜が当時の生活実感を口にすると、佐々木は深く頷いた。
「そうだ。あの絶望的な状況を救ったのが、『彼女』から授けられた知識だ。魔石を使ってエネルギーを精製する方法。……今、日本で『白免許』と呼ばれている精神物質取扱免許の基礎は、すべて『彼女』がもたらしたものなんだよ」
野蒜とミシェルは顔を見合わせた。自分たちが当たり前のように享受していた電気、温かいシャワー、店に並ぶ食料。その全てが、異世界の怪物からもたらされた「知恵」によって支えられていた。
「それだけじゃない。食料自給率に関してもだ。魔石の力を使って、土壌のエネルギーを操作し、植物の成長を劇的に促す技術。これがあったからこそ、日本は飢えを知らずに済んだ。……皮肉な話だが、ARという災厄は、日本にとってはエネルギーと食料の完全自給という、千載一遇の技術革新をもたらしたんだ。まさに塞翁が馬、というやつだね」
「へぇー……。じゃあ、その『彼女』にお礼を言いに行かなきゃですね」
感心したように頷く野蒜。しかし、すぐに一つの、素朴な疑問に突き当たった。
「……でも、佐々木さん。だったら、今まで通りその『彼女』とお話ししていればいいんじゃないですか? わざわざ私が、怖い白蛇さんに会いに行かなくても。私はただの女子高生ですし」
その言葉が出た瞬間、それまで背を向けていた黒瀬が、椅子を激しく回転させてこちらを向いた。
「そこが、決定的な問題なんだよ、野比さん」
黒瀬の声は、佐々木のそれよりも低く、熱を帯びていた。
「これまで我々が築き上げてきたAR後の技術は、すべて『魔石』という外部リソースを消費することを前提とした、いわば『燃料消費型』のシステムだった。だが、君の力は違う。君も自覚しているはずだ」
黒瀬は手元のタブレットを野蒜に突きつけた。そこには、昨日の戦闘時の魔力グラフが既存のシステムとは全く異なる波形を描いている。
「ええ……。まあ、そうですね。私の魔法、別に魔石とか使わないですし。……なんか、こう、自分の中から適当に練れば出るっていうか」
野蒜は事も無げに答えた。彼女にとって、魔石を使わないことは当然の「仕様」だった。しかし、黒瀬の表情は真剣そのものだった。
「その『適当』が、我々にとっては魔法なんだよ。君は魔石というガソリンを燃やして走っているんじゃない。君自身の内側から、あるいは周囲の空間そのものから直接、莫大なエネルギーを編み出している。……わかるか? これは『彼女』から教わった既存の技術体系とは、全く別の次元、別のOSで動いている技術なんだよ」
「確かにそうですね……?」
野蒜は、自分の白く細い指先をじっと見つめた。魔石という高価で、いつ枯渇するとも知れない「資源」に頼らず、超常の現象を引き起こす力。
「そうだ」と佐々木が引き継ぐ。
「我々にとって、君の力は完全に未確認の技術体系。資源の乏しいこの国にとって、『魔石不要』の技術がいかに喉から手が出るほど欲しいものか、想像に難くないだろう」
頷く野蒜。
「更には今回の土偶のように外部からの急な襲撃もこれから想定される。実際に特殊な弾やシールドを使用していたが手も足も出なかった。我々とは異なる力を扱っている可能性が高い。」
佐々木は居住まいを正し、今度は一自衛官としてではなく、国家の代弁者として野蒜を見つめた。
「野比さん。これは我々自衛隊だけでなく、日本国政府からの正式な『依頼』だ。本来なら、総理大臣が直々に君に頭を下げてもおかしくない案件なんだよ」
「せ、政府……総理大臣……?」
「ああ。国は、君を単なる協力者ではなく、この国の未来を左右する『最重要戦略資産』として扱いたいと考えている。もちろん、こんな重責をただで押し付けるつもりはない。政府は、成功の暁には君に対して、相応の報酬を約束する」
佐々木は、野蒜の目を覗き込んだ。
「詳細は追って説明するが、君の未来と安全を、日本という国が丸ごと保障する内容だ。……はっきり言えば、我々大人たちが寄ってたかって、一人の少女の人生を買い取るような真似をするわけだ。……汚いやり方だが、それほどまでに君の力が必要なんだ」
野蒜は、ゴクリと生唾を飲み込んだ。具体的な中身はまだわからない。けれど、「日本政府」という言葉と、佐々木の「想像を超える」という一言が、野蒜の頭をクラクラさせた。
恐怖は無いが不安はある。白蛇の威圧感も覚えている。だが、その先にあるのは、ただの「魔法少女」ではなく、日本政府が正式に依頼し、世界に必要とされる未来。
「……わかりました。私、やってみます。その……技術体得ってやつ?」
野蒜は精一杯の強がりを込めて、ミシェルに向かってムフーとと笑ってみせた。
「だって、日本政府から頼まれて世界を救う魔法少女なんて、最高にカッコいいですもんね!」
その言葉を聞いた黒瀬は、フンと鼻を鳴らしてモニターに戻ったが、その口角は微かに上がっていた。佐々木は安堵の表情を見せ、改めて敬礼を送る。
「ありがとう、野比さん。……準備を始めよう。よろしく頼む。」
春の柔らかな日差しが差し込む駐屯地。
だが、そこから見上げる富士山の頂には、世界を塗り替えるための、冷たく白い真理が横たわっていた。




