40話 抗う子
「撃てッ!!」
佐々木一尉の号令がグラウンドに轟くと同時に、包囲していた自衛官たちの銃口から火花が散った。
しかし、放たれた弾丸は土偶の身体に届くことさえ許されない。土偶の周囲に渦巻く、あのドス黒い藤色の魔力。それが物理的な障壁となり、鉛の礫を無造作に叩き落としていく。
「なっ……!?」
自衛官たちが驚愕に目を見開いたその瞬間、土偶に収束していた魔力が臨界点を突破した。
――「ドッ!!!!」
音というよりは、巨大な鉄槌で大気を叩きつけたような衝撃波。
土偶を中心に、全方位へ向けて凄まじい魔力の奔流が解き放たれた。
「くっ、盾を伏せろ!!」
最前線の自衛官たちが防弾盾の裏側に身を隠すが、衝撃は盾ごと彼らを数メートル後方へと吹き飛ばした。グラウンドの砂が暴風のように舞い上がり、視界を茶褐色に染め上げる。
だが、土偶の本当の狙いは自衛官たちの排除ではない。
その「目」は依然として、校舎3階の窓際で立ち尽くす野蒜を捉えていた。
「野蒜、危ない!!」
ミシェルが叫び、野蒜の腕を引こうとする。しかし、野蒜の体は動かなかった。逃げなければならないと頭では理解していても、土偶から放たれる「淀んだ魔力」の重圧が、金縛りのように彼女を縛り付けている。
土偶が、その巨大な遮光器のような目を不気味に発光させた。
次の瞬間、藤色の魔力が一本の巨大な槍となって形を成し、一直線に野蒜へ向かって撃ち出された。
(くる――!)
死を予感した野蒜の視界が、スローモーションになる。
窓ガラスが割れる音。迫りくるドス黒い藤色の塊。
その時、野蒜の脳裏に、昨夜繋いだ両親の温かい手の感触が、そして妖精たちと笑い合ったキラキラした光の記憶がフラッシュバックした。
(やだ……っ、こんな「色」に、壊されてたまるか!!)
野蒜は反射的に両手を前に突き出した。
彼女の内側から、今までにないほどの激流となって「黄金色の魔力」が溢れ出す。それは本能的な拒絶の力であり、大切なものを守ろうとする意志の具現化だった。
ドォォォォン!!
空中で、藤色の槍と黄金の波が真っ向から激突した。
窓枠が激しく軋み、校舎全体が地震のような振動に見舞われる。窓の側で動画を撮っていた生徒たちは、その凄まじい衝撃に悲鳴を上げながら床へと転がった。
「な、なに……!? 野比さんの周りが光ってる……?」
指揮所にいた黒瀬三佐は、タブレットに表示された異常な数値を凝視しながら声を震わせた。
「魔力中和……? いえ、これは相殺しているのよ! あの土偶の出力を、一人で……!?」
爆煙の中、野蒜は肩を上下に揺らしながら、割れた窓からグラウンドを見下ろした。
突き出した両手は細かく震えているが、その瞳には強い光が宿っている。
黄金の魔力に押し返された土偶は、数メートル後退した位置で宙に浮いたまま停止していた。
その無機質な顔が、わずかに傾く。
まるで、自分の攻撃を防ぎ切った「人間の少女」を、改めて観察するかのように。
「……あ……はぁ……、はぁ……」
野蒜の額から、大粒の汗が滴り落ちる。
今の一撃を防ぐだけで、魔力の半分を持っていかれたような脱力感。
だが、土偶の「淀んだ色」は、まだ衰える気配を見せていなかった。
むしろ、周囲の魔力をさらに吸い込み、その藤色はより深く、より不気味に輝きを増していく。
「佐々木さん、お願い……もう撃たないで!」
野蒜は声を振り絞った。
「刺激しちゃダメ! この子、まだ何か……別のことをしようとしてる!」
その叫びに応じるように、土偶の胸のあたりにある文様が、脈打つように点滅を始めた。
野蒜の直感は正しかった。黄金の魔力に押し返された土偶は、数メートル後退した位置で宙に浮いたまま停止していたが、その胸の文様が不気味に、規則正しく脈動し始めている。
一回、二回。点滅するたびに、グラウンドに溜まっていた「淀んだ藤色の魔力」が、掃除機に吸い込まれるように土偶の体内へと凝縮されていく。
「全ユニット、射撃中止! 待機しろ!」
佐々木一尉の鋭い指示が飛ぶ。弾丸が効かないと悟った彼は、即座に次なる事態への備えに切り替えた。だが、指揮所の黒瀬三佐は、手元の端末が弾き出す数値に血の気が引くのを感じていた。
「嘘……エネルギー密度が反転してる!? 放出じゃなくて、これは『呼び出し』よ!」
「呼び出しだと!?」
「別の空間から、もっと巨大な何かをこの座標に固定しようとしているのよ!」
黒瀬の叫びと同時に、土偶の頭上で空間がガラスのようにひび割れた。
パキパキという、この世のものとは思えない硬質な音が校庭に響き渡る。その割れ目からは、遮光器土偶が纏っていたものと同じ、あの重苦しい藤色の霧が滝のように溢れ出し、グラウンドを瞬く間に覆い尽くした。
「……っ、う……あ……」
野蒜はその場に膝をついた。魔力の相殺で体力を削られたところへ、この異常な濃度の「澱み」だ。呼吸をするだけで肺の奥が焼けるように熱い。
「野蒜! しっかりして!」
ミシェルが野蒜の肩を支えるが、彼女もまた、目に見えない重圧に顔を歪めている。
その時、霧の中から「音」が聞こえてきた。
それは耳で聞く音ではなかった。野蒜の脳内に直接響く、数千年の時を隔てた地層の底から響くような、低く、重い、地鳴りのような「意思」だ。
『……ミツケタ……。コノ……ウツワ……』
土偶の遮光器のような目が、野蒜の瞳を真っ向から射抜いた。
土偶は口をわずかに開き、周囲の音をすべて掻き消すほどの音圧で、一言だけ放った。
「――ギ、ギィィィィィィィィィン!!!」
その咆哮とともに、土偶から放たれた衝撃波は先ほどとは比較にならない規模で広がり、校舎の窓ガラスを次々と粉砕していく。
「きゃああああ!」
動画を撮っていた生徒たちは、割れたガラスの破片から顔を守るために床に伏せる。自衛官たちも、あまりの魔力圧にその場に膝をつくのが精一杯だった。
砂塵と霧が渦巻く中、土偶はゆっくりと、まるで野蒜を手招きするように、その短く太い腕を校舎へと伸ばした。
ひび割れた空間からは、土偶と同じ文様を持つ、より巨大な「何か」の手のようなものが、ゆっくりと這い出し始めていた。
「あれは……門……?」
野蒜は朦朧とする意識の中で、それを見つめる。
昨夜、妖精たちが帰っていった「向こう側」とは明らかに違う。
もっと古く、もっと暗い場所。
そこから、何かがこの学校に無理やり入り込もうとしていた。
「……させ、ない……」
野蒜は震える手で窓枠を掴み、最後の一滴まで絞り出すように、自身の核にある「黄金の輝き」を凝縮させ始めた。
何度もすみません。
どうしても納得行かなくてタイトル明日変更します。
『現実の仕様変更〜ファンタジーさんこんにちは〜』に変更します。




