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39話 見つかる子

放課後の柔らかな陽光が差し込む平和な喧騒を、その「異形」は唐突に切り裂いた。

そしてピリピリと焼け付くような静寂が辺りを包む。


校庭の真ん中に顕現した、高さ1メートルの遮光器土偶。

その周囲を、黒いタクティカルウェアに身を包んだ自衛官たちが、幾重もの包囲網となって取り囲む。

彼らが構える銃口の黒い穴が、一斉に中心の「物質」へと向けられた。

グラウンドに張り詰めた空気はあまりに濃密で、今にも火花を散らしそうなほどに熱を帯び、重く沈殿している。

だが、ここで現場の誰もが予想だにしなかった事態が起きる。

校舎の窓から身を乗り出していた一般の生徒たちが、恐怖に震えるどころか、一斉に好奇の声を上げて騒ぎ出したのだ。


「え、待って、あれ何!? 土偶……本物?」

「マジかよ、全然避難訓練じゃないじゃん。映画の撮影か何かかな」

「自衛隊、気合入りすぎだろ。あれ最新のロボット? 超リアルなドッキリ?」


今まで野蒜がその目で見てきた妖精や「道」の景色は、常に強固な認知の壁に阻まれ、選ばれた者にしか見えない幻のようなものだった。

しかし、この土偶は決定的に異なっていた。

実体化のプロセスがこれまでの精神生物とは根本的に違うのか、あるいはその「淀んだ魔力」が、見る者の網膜にその姿を強制的に叩き込んでいるのか。


多くの生徒たちが、恐怖よりも好奇心を爆発させていた。窓のあちこちからスマートフォンが突き出され、無数のレンズがグラウンドの「異物」を捉えている。


「やばい、これバズるわ」「配信していいかな?」


興奮した声が飛び交い、動画を撮影する手が震える。 

政府によって存在が公に認められている小鬼や一部の幽霊、ポルターガイスト現象などを見慣れている現代の生徒たちは、驚きつつもどこか野次馬的な興奮を隠せずにいた。

しかし、野蒜の感覚は周囲のそれとは真逆だった。

登校中に出会い、そのせいでバスを逃す羽目になったあの小鬼。あれも確かに不気味ではあったが、どこか生物的な生々しさがあった。だが、目の前の土偶は違う。

この土偶には、あの小鬼とも、昨夜あんなに楽しく戯れた清らかな妖精たちとも決定的に違う「異質さ」がある。

そう肌で感じていた。


「ちょっと! 全員窓から離れなさいって言ってるでしょ! データのノイズがひどくなって解析できないじゃない!!」


指揮所に陣取った黒瀬三佐の絶叫が響き渡る。

彼女はタブレット片手に、指が白くなるほどの力で画面を叩いていた。

生徒たちの喧騒を黙らせようとするその怒声も、動画撮影に夢中な生徒たちの耳には届かず、今の異様な状況下では虚しく空に散る。


そんな周囲の混乱を余所に、野蒜は窓枠を指が食い込むほど握りしめたまま、土偶から放たれる「色」に言葉を失っていた。


今まで野蒜が触れ、交流してきた魔力は、どれもキラキラと輝く星屑のようだったり、透き通った水のように澄み切った、命の輝きを感じさせるものばかりだった。

だが、目の前の土偶が纏っているのは、まるでおどろおどろしいヘドロを煮詰め、悪意を濾過したような、暗く深い――心臓を冷たく掴まれるような藤色の魔力。


(……怖い。あの子たちとは、全然違う。温かさが、どこにもない……)


仁王立ちする土偶。それは、凍りついた時を動かすように、唐突に挙動を開始した。


ギギッ、ギチリ……。


乾燥した粘土同士が無理やり擦れ合うような不気味な音がグラウンドに響き渡ったかと思うと、土偶の巨大な「遮光器」の奥から、鮮血のような禍々しい赤い閃光が爆ぜた。


その光は、縦に長い一筋の帯状の線となり、巨大なコンパスが円を描くように周囲を薙いだ。

自衛官たちの足元を、グラウンドの土を、そして校舎の壁面を。一周、ぐるりと水平に、世界を一瞬だけ真っ赤に染め上げていく。 

動画を撮っていた生徒たちも、あまりの眩しさに一瞬だけ「うわっ」とスマホを下げた。


「チカッとする……っ!」


強烈な光に、野蒜は思わず目を閉じる。網膜に赤い残像がこびりついて離れない。暴力的なまでに高密度な魔力の光。


その光の帯が自分の体を通り過ぎた瞬間、野蒜は全身の毛が逆立つような感覚に襲われた。「見られている」。ただの視線ではない。内臓の裏側まで指でなぞられるような、不快で圧倒的な「解析」の感触。


野蒜が恐る恐る目を開けた時、土偶はまだそこにいた。

だが、その存在はすでに「静」から「動」へと完全に転じている。


土偶の足が、地面からふわりと離れた。重力を無視し、数センチの高さで浮遊を始めたのだ。

そのまま、重厚な石造りの彫像が空気の海を滑るように、ゆっくりと、しかし確実な――逃れようのない意志を持って、校舎の方へと動き出した。


その進行方向には、自衛隊の包囲網の中でも最も厚い一団が壁を作っている。


「盾を構えろ! 衝撃に備えよ!」


隊長格の号令が飛ぶ。金属質の乾いた音が重なり、防弾盾ライオットシールドを構えた自衛官たちが肩を寄せ合い、黒い鋼鉄の壁となって土偶の進路を遮った。


「警告する! 本官は自衛隊である!」


拡声器を持った自衛官の警告が、張り裂けんばかりの音量で響く。


「対象、直ちに停止せよ! 貴殿の目的を明確に示せ! さもなくば、実力行使に踏み切る!」 


それでも、土偶は止まらない。

一定の速度、一定の浮遊高度。


無機質な遮光器の目は、何百人もの自衛官も、動画を撮る生徒たちも視界に入っていないかのように、ただ一点――野蒜が立ち尽くす、あの3階の窓だけを見据えている。


「……構え(レディ)ッ!!」


佐々木一尉の冷徹な号令がグラウンドを圧した。

ガチャリ、という一斉の操作音。銃の安全装置が解除され、死の予感が空気を震わせる。


その殺気を正面から受けたのか、校庭の中心で土偶がピタリと動きを止めた。


(……え?)


野蒜の視界の中で、世界の輪郭がぐにゃりと歪んだ。

土偶の周囲に渦巻いていたあの淀んだ魔力が、中心へと急速に収束を始める。まるでブラックホールがすべてを飲み込むような、凄まじい密度の圧縮。それは限界まで引き絞られ、放たれる瞬間を待つ弓のような、張り詰めた沈黙。


魔力の濃度は一瞬で臨界を超えた。周囲の空気はバチバチと激しい放電現象を起こし、オゾンの焦げたような臭いが野蒜の鼻を突く。


「佐々木さん、ダメ! みんな、逃げて!!」


野蒜の悲鳴に近い叫びが空に消えるより早く、土偶の纏う「色」が、すべてを塗り潰すようなドス黒い藤色へと膨れ上がった。

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