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38話 遭遇する子

38話投稿です。

待ってくれた方ありがとうございます。

これからも野蒜を応援して下さい。

よろしくお願いします。

「佐々木さん! 大変です、グラウンドの真ん中が……変なんです!」


特別準備室の重い防音扉を、野蒜は肩で押し開けるようにして飛び込んだ。背後に控える護衛の佐藤も、普段の冷静さを欠いた鋭い眼光で、無言のまま腰のホルスターに手をかけている。野蒜の焦燥に満ちた報告を聞くやいなや、佐々木一尉の目は一瞬で「教師の擬態」を脱ぎ捨て、鋭利な軍人のそれへと切り替わった。


「……ついに顕現が始まったか。全ユニットへ、フェーズ2発令! 繰り返す、フェーズ2だ! 直ちにグラウンドを完全封鎖しろ!」


佐々木の咆哮がデスク上の無線機を通じて、校内に潜伏していた全隊員へ飛ぶ。

次の瞬間、平和な放課後の学校は一変した。


「……現在、不審者対策の緊急避難訓練を実施します。グラウンドにいる生徒は直ちに校舎内へ避難し、窓から離れて身を守りなさい!」


校内スピーカーから流れる、訓練とは思えない切迫した放送。サッカー部の蹴り上げたボールが力なく転がり、陸上部の生徒たちが困惑しながらも、指導教諭に急かされて校舎へ駆け込んでいく。それと入れ替わるように、校門の影、植え込みの奥、さらには屋上の死角から、黒い特殊作戦群仕様の装備に身を包んだ自衛官たちが、足音一つ立てぬ統制の取れた動きで、獲物を追い詰める猟犬のようにグラウンドへと展開した。


彼らは昨日、野蒜が許可を出し、黒瀬の実験に協力したことで生み出された「第一世代」の精鋭たちだ。黒瀬の魔力に直接触れ、すでに100人近い隊員が、目に見えないエネルギーを視覚化できる「開眼者」となっていた。彼らは土のグラウンドの上で、精密な計算に基づいた距離を保ち、異変の起きている中心部を幾重もの円陣で包囲する。

その包囲網の最前線、土煙が舞う指揮所に、黒瀬三佐が息を切らして駆け込んできた。


「ちょっと佐々木! 観測班から連絡があったわ! 空間の魔力密度が指数関数的に上昇してる! くるわよ、何かがくるわ!」


「分かっている、黒瀬三佐。下がっていろ、正体が不明だ」


「下がっていろですって!? 冗談じゃないわ、これは歴史的瞬間なのよ! ほら、見て、あの空間の歪み! 黄金比を無視したカオスな螺旋構造……ああ、美しいわ!」


黒瀬は狂気すら感じさせる手つきでタブレットを操作し、空間の歪みを貪るように凝視している。佐々木は眉間に深い皺を刻みながら、愛銃のグリップを握り直した。


「美しかろうが何だろうが、我々にとっては『未確認の脅威』だ。……射撃班、ターゲットが実体化した瞬間に無力化の準備を。ただし、私の合図があるまでは撃つな」


野蒜とミシェルは、校舎3階の窓からその光景を固唾を飲んで見守っていた。


「すごい……。自衛隊の人たち、迷いがないわ。ちゃんと『あれ』が見えてるんだ」


ミシェルが震える声で呟く。


「……ええ。でも、他のクラスのみんなには……」


野蒜が隣の教室に視線を向けると、そこには「何事だ?」と窓に張り付く生徒たちの姿があった。だが、彼らの目には、自衛隊が「何もない、ただの茶色い平坦なグラウンド」に向かって銃口を向け、虚空を包囲しているという、あまりにも不条理で狂気じみた光景にしか見えていないのだ。

しかし、その「何もないはずの場所」で、物理法則を置き去りにした異変が臨界に達した。


グラウンドの乾いた土が、まるで底なし沼のようにドス黒く変色していく。そこから立ち上るのは、昨夜の妖精たちの清らかな金色の光とは真逆の、粘りつくような淡い藤色の霧だ。その霧は、地を這う大蛇のようにのたうち回り、中心部で猛烈な勢いの重力渦を作り出した。


「おお……っ! くる、来るよミシェルちゃん!」


「……っ、空気が……肺に刺さるみたい……!」


野蒜たちの叫びに呼応するように、渦は周囲の砂利や地中の粘土、さらには校舎の埃までも強引に吸い込み、急速にその密度を増していく。中心部の魔力濃度が、計測不能を意味するエラー音を吐き出すほどに高まっていくのが、離れた野蒜にも肌感覚で伝わってきた。


キィィィィィィィン!!


鼓膜を突き刺すような、金属同士を高速で擦り合わせたような、あるいは数千の蝉が一斉に鳴き出したような高周波。

次の瞬間、空間に溜まった魔力圧が臨界点を超え、校舎の窓ガラスを激しく震わせるほどの真っ白な閃光がグラウンド中央で炸裂した。


「うわっ!? 目が、目がぁ!」「なんだよ今の光!」


この強烈な発光だけは、魔力の認知に関係のない純粋な物理現象として放たれた。窓から覗いていた一般生徒たちが悲鳴を上げ、一斉に顔を背ける。

数秒後。

網膜に焼き付いた白い残像を振り払い、ゆっくりと視界が戻ってくる。


佐々木たちが銃の安全装置を外し、指を引き金にかけ、静寂が痛いほどに張り詰める中。

沈殿し始めた土煙の向こう側、変色した大地の上に、そいつは「それ」として、太古の沈黙を纏って鎮座していた。

圧倒的なまでの物質感。


1メートルほどの背丈。人間の子供のようなサイズでありながら、大人でも抱えきれないほどの太く短い手足。

全身に刻まれた入り組んだ雲気文様は、まるで血管のように淡く藤色に脈動し、周囲の魔力をじわじわと吸収している。

そして、その顔面を占拠するのは、冬の極地で雪の反射を防ぐゴーグル――「遮光器」を思わせる、あまりにも巨大で感情の読めない「目」。


「……え、嘘でしょ。なんで、こんなところに」


野蒜がぽかんと口を開け、その正体を口にする。


光の消えた先に、どっしりと立つような、歴史の教科書や博物館の最奥で、日本人の深層心理に刻まれているはずの姿――。


「……しゃ、遮光器土偶……!? 冗談でしょう、オーパーツの顕現だわ!!」


指揮所で黒瀬が裏返った声を上げ、興奮のあまりフェンスを乗り越えようとする。それを佐々木が片手で強引に引き戻し、苦々しく吐き捨てた。


「黒瀬三佐、落ち着け。……全員、警戒を解くな。そいつが『生きている』なら、ここからが本番だ」


1メートルの土偶は、微動だにしない。

しかし、その遮光器のような巨大な目が、わずかに、本当にわずかに、校舎の3階――野蒜のいる窓に向かって向けられたような気がした。

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