35話 観測する子2
窓の外では、無数の光の粒がまるでクリスマスのイルミネーションのように瞬いている。
野蒜がスマホをかざし、インカメラで自分と妖精たちの「集合写真」を撮るたびに、窓枠を埋め尽くした彼女たちはキャッキャと(音にならない音で)はしゃぎ、金色の粉を網戸に振りまいた。
「ムフー、みんな可愛いねぇ。……あ、今のポーズ、ちょっと動いちゃったかな」
平和そのものの野蒜。だが、耳元のスマホからは依然として佐々木の切羽詰まった声が漏れている。
『野比さん! 返事をしてくれ! 指示通り部屋の隅へ……おい、そこの班、突入準備だ! 装備を厳重にしろ、相手の正体は……』
「佐々木さん、本当に大丈夫ですから。突入とかしないでくださいね、みんなびっくりしちゃうから」
野蒜がそう宥めようとした、その時だった。
(((あそぼ!)))
(((こっち、こっち!)))
「……え?」
ガラス越しに、弾けるような声が聞こえてきた。
それは耳で捉える「音」ではなく、脳の奥に直接飛び込んでくる、キラキラした光の礫のような「思念」。
何十、何百という小さな存在たちが、一斉に笑い、歌い、野蒜を誘っている。
(((おもしろいよ!)))
(((きてきて! いっしょにこよう!)))
野蒜は、スマホをいじっていた指を止めた。
窓をトントンと叩いていた妖精たちが、くるくると空中でダンスを踊り始める。
彼女たちの瞳は期待に満ち溢れ、小さな手は森の奥――かつて『道』があった場所を、何度も、何度も指差した。
『野比さん? どうした、急に黙り込んで……』
「……佐々木さん。この子たち、私と遊びたいみたいです」
『遊びたいだと!? ふざけている場合じゃない! 今、君の部屋の周りには高エネルギー反応が……』
「ううん、違うんです。すっごく楽しそうですよ。……ねえ、何があるの?」
野蒜が窓越しに問いかけると、妖精たちは一際強く光を放ち、まるで「ついてきて!」と言うように一斉に森の方へ向かって数メートル飛び、また戻ってきて窓を叩いた。
(((きれいなもの、いっぱいあるよ!)))
(((いっしょにいこうよー!)))
「行ってみたいけど……」
野蒜は窓の鍵に手をかけようとして、ふと踏みとどまった。
今、自分が窓を開けて外に飛び出したら、庭で待機しているSPさんたちは大パニックになるだろう。佐々木さんの叫び声を聞く限り、彼らにはこの「一緒に遊ぼう」という可愛い声は届いていない。
(……きっと、無理やり連れ戻されちゃうよね。そうしたら、この子たちと喧嘩になっちゃうかも)
野蒜は、窓ガラスをトントンと叩き返した。
「ごめんね。今は外に出られないんだ。お父さんもお母さんも心配しちゃうし……あと、怖いお姉さんに怒られちゃうから」
(((えー!)))
(((つまんない!)))
妖精たちが一斉にブーブーと(鈴を鳴らすような音で)不満を漏らす。
その反応が面白くて、野蒜は思わずクスリと笑った。
「その代わり、ここでずっと見てるから! 動画も撮るし、もっとおもしろいポーズ見せて!」
野蒜がスマホを構え直すと、妖精たちは単純だった。
「外に出ないなら、ここで見せつけてやる!」と言わんばかりに、網戸のすぐ向こう側で、さっきよりも激しく、煌びやかな光の空中演武を始めたのだ。
『野比さん……? 今、何が起きている? エネルギー数値がさらに上昇して……ええい、突入班、待機だ! 刺激するな!』
国家機密級の異常現象と、深夜のパジャマ姿の女子高生。
窓一枚を隔てたその意味不明な対話は続く。
佐々木が野蒜の部屋のドアを激しくノックした。
メッセージを送ってから、わずか5分ほど。あまりに早すぎる到着だ。
階下では、いきなりの事態に混乱する野比夫婦が、護衛官たちから必死の事情説明を受けていた。
「どうぞー」
部屋の中から、緊迫感の一切ない野蒜の声が聞こえてくる。
佐々木は一つ深呼吸をして、意を決してドアを押し開けた。
視界に飛び込んできたのは、窓際でスマホを構える野蒜。
そして、その窓の向こうで乱舞する、未曾有のエネルギーを秘めた「光る物体X」の群れ。
「良いよー。もうちょっと顎を引いてアンニュイな感じで行ってみようか。そう、その感じ! いいねー!」
モデルの撮影現場のような光景に、佐々木は入り口で固まった。
その背後から、説明を終えた両親も恐るおそる部屋を覗き込む。
「「?」」
しかし、悲しいかな。
認知の壁を超えていない両親には、その妖精たちは見えない。
彼らの目に映るのは、何もない暗闇の窓に向かって、ノリノリでシャッターを切り続けている愛娘の姿だけだった。
(うちの娘、夜中になんてこと……。失踪のショックがまだあるのかしら……)
そんな不安げな視線が野蒜に突き刺さる。
佐々木はとりあえず野蒜の側まで歩み寄ると、震える心を鎮め、気合を込めて叫んだ。
「解散!!!!」
いきなり現れた知らない大人の怒号に、驚いた妖精たちは一瞬で四散した。
パッと光の粒が夜の闇に吸い込まれ、一瞬で消えていく。
「ああ〜! 妖精さん!!」
野蒜は絶叫したが、その横では「ようやく脅威が去った……」とばかりに頭を抱えて膝をつく佐々木がいた。
気まずい沈黙。
それを見つめる困惑顔の両親。
その横から無表情で見守るSPさんたち。
そんな微妙な空気が流れる中、階下でガチャンと玄関の扉が勢いよく開く音が響いた。
「動く魔力結晶体はどこっ!!」
髪を振り乱し、眼光を鋭く光らせた黒瀬が、ついに到着したのであった。




