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31話 導く子

昨日いきなりPVが100件以上増えて驚きました!

皆さん読んでいただきありがとうございます。

ペースはゆっくりですが、頑張って参ります。

楽しく書いて行ければいいと思っているのでどうぞよろしくお願いします。


「今、流れているモノを意識して下さい」


野蒜の言葉に、黒瀬は静かに目を閉じ、深く頷いた。

繋いだ手から伝わってくるのは、体温とは異なる、どこか実体のない熱のような拍動。


「流れている魔力は、どんな感じですか?」


「……何か、優しい感じがするわ。水というより、春の風が神経の中を通り抜けていくような……」


「慣れてきたら、今度は自分の中にも意識を向けてみて下さい」


野蒜は一度、大きく深呼吸をした。自分の魔力を黒瀬の体へ「道」として通し、彼女の中に眠る感覚を呼び覚まそうとする。

そう願う。


「胸の奥に、何かざわめくような感覚、ありますか?」


「……ええ。微かにだけど、共鳴しているみたい」


「では、それを意識したまま、ゆっくり目を開いて下さい」


黒瀬が瞼を持ち上げた。

しかし、彼女は不思議そうに首をかしげる。準備室の風景はさっきまでと変わらない。薬品の棚、モニター、そして心配そうに覗き込む佐々木とミシェルの顔。


「特に、変わった感じはしないけれど……?」


「では、そのままコレを見て下さい」


野蒜は繋いでいた片手をそっと離し、プールの水面上に翳した。


そして、先ほどよりも簡略化した動きで、空中に魔力で円を描く。

すると。


「……っ! おお! 見える、見えるぞ!!」


黒瀬が叫んだ。

椅子から転げ落ちんばかりの勢いで身を乗り出し、何もないはずの空間を凝視したまま、石像のように動かなくなる。


黒瀬の瞳には、野蒜が描いた淡い光を放つ魔力の残像が、鮮明な「形」として焼き付いていた。


「そうか! 魔力を正しく認識していないと、視覚野がそれを『意味のないノイズ』として処理してしまうのね! だから、物理的に網膜が捉えていても、認知機能が追いつかずに『見えていない』ことになっていたんだわ!!」


「……?」


今度は野蒜が首をかしげる番だった。


ニンチキノウ? モウマク?


黒瀬の言っていることがさっぱり分からないが、とりあえず野蒜は空気を読んだ。ここで「分かりません」と言うと、また難しい説明が始まってしまいそうだったからだ。

野蒜は偉そうに、深く、何度も頷いてみせた。


ウム。


「そうそう、認知が機能しないんです。……ねー」


適当である。

しかし微妙に噛み合っている。


最大限の知ったかぶりだが、黒瀬は「やはりそうだったのね!」と一人で納得して、感動に打ち震えている。


「野比さん、貴女は天才よ! 感覚的なアプローチで、私の脳のフィルターを強制的にバイパスさせたんだわ! これで、ようやく……ようやく新しい地平に立てる!」


「……よかったな、黒瀬」


横で見ていた佐々木が、呆れたような、それでいてどこか羨ましそうな顔で呟いた。


ミシェルもまた、空中を指でなぞる野蒜を不思議そうに見つめている。


「……ねえ、野蒜。私にはまだ、何にも見えないんだけど……今のって、私も練習したら見えるようになるの?」


ミシェルのその問いに、準備室の視線が再び野蒜へと集まった。


「多分だけど、みんな出来るんじゃないかな?まだ黒瀬さんしか試してないからわからないけど」


佐藤は目を輝かせる。


「じゃあ私もやってみて良いかしら?」


目を輝かせるミシェルの問いに、野蒜ははたと考えて、隣の佐々木を見た。


佐々木は少し考えた後、厳かに頷いた。


「良いだろう。サンプルは多いに越したことはない。……ただし、野比さん。誰にでも、というのはダメだ。誰かに今回のように教えるのは、必ず事前に許可を取ってくれ。あと、事故が起こる可能性もある。基本的には私か黒瀬がいる時にして欲しい」


「分かりました」


「あと、佐藤さんと言ったか。野比さんもだが、このことは暫くここにいる人間以外には喋らないように。動画の件はまだ噂程度に収まっている。今ならまだコントロールが可能だ。他人に魔力の使い方を教えるのも、しばらく待ってくれ」


佐々木は二人を真っ直ぐに見据え、言葉を継いだ。


「時代が変わる情報だ。よろしく頼む」


その一言に、女子高生二人は思わず息を呑んだ。


自分たちが今、歴史の教科書に載るような、とんでもない瞬間に立ち会っていることにようやく気づいたのだ。ちなみに黒瀬は、さっきから何かをずっと呟いていて話を聞いていない。


「……じゃあ、始めるね。ミシェルちゃん」


野蒜がミシェルの手を取る。ミシェルは緊張した面持ちで目を閉じた。


先ほどと同じように、ミシェルのことを思いながら、ゆっくりと魔力を流していく。


「どう……?」


「……なんか、野蒜の『気持ち』が入ってくる感じがする」


感じ方は人それぞれのようだ。

ミシェルがゆっくりと目を開ける。


「……あ。何か、野蒜の周りが少しキラキラしてる?」


「そうかな?」


野蒜が目の前で手をかざし、空中に魔力の円を描く。

ミシェルは、信じられないものを見るように息を呑んだ。


「……綺麗」


そこにあるのは、ことわりの欠片。

ミシェルはその輝きに誘われるように、そっと指を伸ばし、魔力の円に触れた。


ミシェルが指先でその円に触れた瞬間、淡かった魔力の色が鮮やかな色彩へと変化した。


そのまま魔力が速度を上げて回転し始めると、ぱっと一際強く輝き、霧散するように消えてしまった。


二人は驚いて顔を見合わせる。


「……光ったが、今のは何か起きたのか?」


その光は、魔力視を持たない佐々木の目にもはっきりと見えたようだった。だが、それが物理的な現象なのか、精神的な干渉の結果なのかまでは判別できない。

「わかんない……でも、なんか温かかった」


ミシェルが自分の指先を不思議そうに見つめる。


一方で、黒瀬はその様子を文字通り「穴が開くほど」じっと見つめていた。


彼女の頭の中では、今起きた「色の変化」と「消失」が、膨大なデータとして処理されているのだろう。


「……干渉。観測者による事象の上書き……あるいは、個体識別情報の付与……」


黒瀬はまた、何かに憑りつかれたようにぶつぶつと呟き始めた。


(……やっぱり、先生はヤバイままだなぁ)


野蒜は、親友と共有できた不思議な感覚に胸を躍らせつつも、独り言を止めない黒瀬の背中を見て、そっと苦笑いした。

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