2話 育つ子
野蒜は朝から色々あって忘れていたが、今日は大切な日である。
精神物質制御取扱授業。
誰が言ったか、通称、魔法の授業の日だ。
魔法の授業は、二年前から義務教育に正式に組み込まれた。
――ただし、全員が受けられるわけではない。
危険性が高いため、対象は高校三年生のみ。
成人を目前にした年齢で、ようやく解禁される「大人向け科目」だ。
野比野蒜は、この日を心待ちにしていた。
なぜなら――
カッコいいから。
(ついに来た……魔法……!)
胸の内で、野蒜はムフーと笑う。
顔にも、わかりやすく出ている。
魔法。
杖。
詠唱。
光。
爆発。
幼い頃から、魔法少女という概念に憧れて生きてきた。
戦う女の子。
強くて、華麗で、可愛い。
――そして当然、
自分はそっち側だと信じて疑わなかった。
見た目は小学生であるが。
ただ一つだけ、気になる点があるとすれば。
(魔法少女ノビル……)
(……語呂、ちょっと悪くない?)
首をかしげる。
まあ、変身するかどうかも分からないし――
というか、現代において変身する魔法使いは存在しない。
ヒーロー番組ではないのだ。
そんな冷静なツッコミを、世界は一切してくれない。
教室は、いつもより少しざわついていた。
「今日から魔法だよね?」
「免許も取れるってマジ?」
「失敗すると火出るらしいよ」
不安と期待が入り混じる中、
野蒜はというと、机にちょこんと座り、背筋を伸ばしていた。
(ふふ……ここで一気に覚醒してしまうかもしれない……)
自分は他人とは違う。
カッコいい何か。
本来そういう存在。
ただ、世界がまだ追いついていないだけ。
背は皆んなに追いついてないだけ。
と、本人は思っていた。
ムフー。
「野蒜」
横から声をかけられる。
佐藤だ。
いつもの席が近い子。
「魔法、楽しみ?」
問いかけられた瞬間、
野蒜の口元が緩む。
ニコパ。
「うん。むっちゃんこ」
佐藤は一瞬だけ間を置いてから、
「……だよね」
と、すべてを察したような顔で返した。
チャイムが鳴り、
担任とは別の教師が入ってくる。
白衣。
落ち着いた声。
年齢は四十代くらい。
「今日から精神物質取扱基礎実習を担当します。
担当教官の、黒瀬です」
教室が静まる。
「この授業では、魔力の基礎制御と、
簡易精神物質取扱を学びます」
黒瀬は淡々と続ける。
「修了すれば、
一般精神物質取扱普通免許――通称“白免許”の取得が可能です」
ざわっ、と空気が揺れた。
免許。
それは、ただの授業ではないという証だ。
「なお、危険行為は禁止。
調子に乗った者から退場してもらいます」
視線が一瞬、教室を一周する。
そのとき――
なぜか、野蒜の目がキラリと光った。
(調子に乗る……?
私のことかな……?)
自覚はあるようである。
「では、まず魔力感知から始めます」
机の上に配られる、小さな結晶。
「精神物質にある力を魔力と呼称します。コレは一般呼称を分かり易く正式なモノとしたものです。
何かは今だに分かっていませんが、みなさんの精神に反応してエネルギーを発します。
今皆さんにお配りしたモノが魔石と呼ばれる精神物質です。魔石と呼ばれるものはエネルギーを内包したモノの呼称です。
他の授業で履修済みかと思われますが、精神物質にはこれ以外にも特性のある物があり、媒体や伝導体として扱われます。
この授業ではまず、魔石の扱い方を教えていきます。」
野蒜はじっと配られた魔石を見る。
「魔石は、使う人間の意思に反応するだけです。
魔力そのものは、石の中にあります。」
野蒜は結晶を両手で包み込んだ。
「石に触ってその中の力を感じてみて下さい。ただの魔石だけであれば、反応させても光るだけです。ほぼ全ての人が出来ますのでやってみて下さい」
(来い……私の内なる力……)
-----野蒜は話を聞いていなかった。
魔石の中の力である。
しかし。数秒。
――ぽわっ。
結晶が、ほんのり光る。
「……!」
野蒜の口元が、ぐいっと上がる。
ムフーーーー。
「お、光った?」
「すごくない?」
周囲がざわつく中、
野蒜は胸を張った。
(まさか!やっぱり秘めたる力が!)
厨二である。
なお、外見は相変わらず小学生である。
黒瀬は淡々とチェックを入れた。
「野比。反応、良好」
その一言で、
野蒜の一日は勝利確定だった。
魔法少女になるかどうかは、まだ分からない。
変身もしない。
決めポーズも、たぶんない。
それでも。
野比野蒜はムフーと笑う。
(やっぱり私、才能あるな……)
そう、彼女は厨二病だったのだ。
そして今日も、
世界は終わらない。




