28話 示す子
すみません。
昨日アップする筈が投稿予約の日付を間違えて今日にしていました。
今日はコレともう一つアップします。
「……ぴ、ぴえええ……」
「ちょっと、先生! どこまで連れてくのよ!」
野蒜とミシェルちゃんは、黒瀬三佐の圧倒的な勢いに引きずられるようにして、校舎の隅にある「精神物質取扱実習準備室」へと連行された。
扉が閉まった瞬間、室内には独特の薬品臭と、何かの計算式がびっしりと書き込まれたホワイトボードが二人を待ち構えていた。
「さあ野比さん! 再現よ、再現!! あの二本目の動画! あれはどうやったの!? 早く!!」
机をバンバンと叩き、鼻息荒く迫る黒瀬。その勢いに、野蒜は椅子に座らされたまま「ムフー……」と冷や汗を流して固まるしかない。
その時、準備室の重い鉄扉が勢いよく開いた。
「……そこまでだ、黒瀬」
凛とした、しかし低く抑えられた女性の声。現れたのは、佐々木一尉だった。背後には、廊下でオロオロしていたSPたちを従えている。
佐々木は一切の迷いのない足取りでツカツカと歩み寄ると、詰め寄っていた黒瀬の頭を、容赦なくひっぱたいた。
パンッ! と、乾いたいい音が室内に響き渡る。
「痛っ……! な、なによ佐々木さん!」
「馬鹿者、怯えているだろうが! 自分の立場を弁えろ!」
佐々木の一喝に、さっきまでの威圧感はどこへやら、黒瀬は涙目で頭を押さえてうずくまった。
「だってぇ……あんなに鮮明な『事象の書き換え』を目の当たりにして、じっとしてられるわけないじゃない……っ」
「言い訳をするな。野比さんは民間人だぞ」
佐々木は深くため息をつき、乱れた前髪を払うと、呆然としている野蒜に向き直った。
「……すまない。同僚が失礼した、野比さん」
「……同僚、ですか?」
野蒜が問いかけると、佐々木は椅子を引き、彼女の正面に座った。
「そうだ。現在、この国において『精神物質取扱基礎実習』という授業は新設されたばかりで、専門的な知見を持つ一般の教師が圧倒的に不足している。だが、国としては全ての国民に最低限の教育が必要だと判断した」
佐々木は、まだ呻いている黒瀬を一瞥して続ける。
「そこで、自衛隊内で専門教育を受けた人間を、各教育機関に派遣する形をとっているんだ。特にこの黒瀬は、精神物質取扱の専門研究に取り組んでいるトップクラスの専門家なのだが……」
「……なのだが?」
ミシェルちゃんが横から恐る恐る尋ねる。
「例の白蛇の観測地点に一番近いからと、この高校への赴任を、上層部へ半ば無理やりねじ込んだんだよ。……まったく、迷惑な話だ」
「ねじ込んだって……先生、そんなに偉い人なんですか?」
「階級は私より上の三等陸佐だ。……だが、中身はこれだ。こいつは私の同期でな、昔から一緒に訓練を受けてきたんだが……昔からこうだった」
佐々木の言葉に、野蒜は目の前で頭を抱えている「ヤバイ先生」と、生真面目な「女性自衛官」を交互に見た。
「佐々木さん……ひどいわ、同期のよしみで少しは協力してくれたって……」
「協力なら、別の形でする。野比さんをパニックに陥らせるのがお前の任務か?」
佐々木の冷徹なツッコミに、黒瀬は再び「うう……」と沈没した。
「……なんか、自衛隊も大変なんですね」
野蒜がポツリと呟くと、佐々木は少しだけ柔らかな表情を見せた。
「ああ。……世界が変わり始めて、一番苦労しているのは、案外こういう現場の人間なのかもしれないな」
準備室の窓の外には、変わらず中山湖と富士山が広がっている。
佐々木は居住まいを正し、改めて野蒜に向き直った。
「彼女の名は黒瀬桜。一応、野比さんと接触する正式な許可は上から出ている。……黒瀬、いつまでも凹んでいないで準備しろ」
「……分かってるわよ」
黒瀬は頭を押さえながらも、その瞳には獲物を狙うような鋭さが戻っていた。佐々木が野蒜に視線を戻す。
「野比さん。彼女に……いや、我々に、例の『事象』をここでもう一度見せてやってはくれないだろうか。記録と検証が必要なんだ」
「わかりました」
野蒜が短く答えると、佐々木の合図で待機していたSPたちが一斉に動き出した。彼らは慣れた手つきで次々と大型の機材を運び込み、準備室の床に簡易的なビニールプールを設営していく。
「水は、あくまで媒介としての役割を果たすと推測しているわ。……さあ、カメラ、全周セット! 精神物質反応測定器、起動!」
黒瀬の指示が飛び、室内の空気は一変した。数台の高感度カメラがプールを囲むように設置され、見たこともない複雑な波形を表示するモニターが青白い光を放つ。
「では、よろしく頼む」
佐々木が静かに告げ、プールの傍らに立った。その隣では、先ほどまで涙目だった黒瀬が、瞬きすら惜しむように目を輝かせ、野蒜の指先を凝視している。
(……みんな、期待しすぎだよ)
野蒜は内心で苦笑いしながら、プールの水面に指を近づけた。
昨夜アップした動画。
あの日、道端で見つけた不思議な「模様」。
白蛇様と過ごした三日間で、野蒜の頭の中にはその「理」が、まるで馴染みのある数式のように刻まれている。
野蒜は水面をそっと見つめ、精神を研ぎ澄ませた。
ミシェルちゃんが息を呑み、佐々木が表情を引き締め、黒瀬が狂気すら感じる熱視線を送る中野蒜はてを伸ばした。
その瞬間、室内の温度がわずかに下がったような錯覚が走った。




