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26話 登校する子


野蒜が富士山から帰還した金曜の夜から、三日が経った。

土日の間、野比家にはひっきりなしに黒塗りの車が出入りし、佐々木一尉率いるチームによる「動画の検閲」と事情聴取が行われた。そして昨夜、ようやく公開許可が下りた二本の動画を、野蒜はSNSと動画サイトにアップロードした。

そして、月曜日。


「……野蒜、本当に行くのか?」


朝食の席で、父・旅野が心配そうに尋ねる。玄関の外には、すでに黒塗りの大型セダンがアイドリング音を響かせて待機している。


「うん、行くよ。……それに、気になるし。みんなの反応」


野蒜はトーストを口に放り込み、牛乳で流し込んだ。カバンを掴み、玄関を出る。そこにはスーツ姿の男女が四人、隙のない動きで野蒜を囲んだ。


「おはようございます、野比さん。車両へどうぞ」


いつもはバス停まで歩く道を、今日は後部座席に揺られて進む。野蒜は手元のスマホを開いた。通知欄はすでにカンストしている。

一本目は、あのタイトル。


『【驚愕】裏山で迷子になったら富士山の主(白蛇様)に会った件について【世界終了?】』


これは瞬く間に拡散され、今や世界中のニュース番組で引用されている。

白蛇の思念は他の人には聞こえない筈なのだが、白蛇が動いた事は既に日本中が知っていた。

あの巨大な白蛇が軽く尻尾を振り回しただけで大惨事だ。

そのためメディアはこぞって緊急放送を流していた。

その際野蒜の事は伏せられていたが、同時期に流された一本の動画を見て関連を想像したモノも多くいた。


そして、数時間の間隔を置いて投稿した二本目。

タイトルはつけず、ただ『.』という記号だけの動画だ。その内容は一本目のような解説もテロップも一切なく、ただ不気味なほど静かな映像が流れるだけ。


「二本目のほう、コメント欄が荒れてるっていうか……変な考察班がわいてて怖いんだよね」


野蒜は小さく呟いた。ネット上では「何かの儀式か」「天変地異の予兆か」と憶測を呼んでいるが、あの映像の真の意味を知るのは、今のところ野蒜と検閲した自衛隊だけだ。


中山湖高校の校門前は、異様な光景だった。

パトカーが数台配置され、校門付近には「関係者以外立ち入り禁止」の看板。そこへ、野蒜を乗せた黒塗りのセダンが滑り込んだ。

ドアが開く。護衛の一人が周囲を警戒しながら野蒜を降ろすと、登校中の生徒たちの視線が一斉に突き刺さった。


「おい、あれ……」「本物じゃん」「動画、見た? 二本目の方、なんか直視できないんだけど」


ざわざわとした好奇心の波。野蒜が校舎へと歩き出すと、生徒たちが波を分けるように道を開ける。その「特別すぎる扱い」に、野蒜は内心で冷や汗をかいた。


(……これ、普通の高校生活、無理じゃない?)


昇降口へ向かおうとした、その時。


「のーびーるーーーっ!!!」


人混みをかき分けて、一人の女子生徒が突っ込んできた。


「止まれ!」


護衛の男性が鋭く手をかざし、彼女を制止する。


「ちょっと! 何よこのSP!? 野蒜、アンタ三日もどこ行ってたのよ! 連絡もつかないし、あの動画、釣りじゃないわよね!?」


クラスメイトの佐藤さんだった。彼女はいつも通り、野蒜に詰め寄る。護衛の男が彼女を排除しようとするが、野蒜が慌てて手を挙げた。


「あ、大丈夫です! その子、同じクラスの友達なので!」


護衛たちはしぶしぶと道を開けた。


「……佐藤さん」


野蒜は、少しだけ肩の力を抜いて笑った。周囲がどれだけ変わっても、この遠慮のなさは変わらない。


「ただいま。……後で話せる範囲で話すから」


「当たり前でしょ! 昼休み、屋上ね!」


教室に入っても、静寂は続いた。

いつもは騒がしいクラスメイトたちが、野蒜が席に着くのを固唾をのんで見守っている。腫れ物に触るような、あるいは神格化された何かを見るような視線。


(……あー。これ、しんどいなぁ)


野蒜は窓の外に目を向けた。グラウンドの隅、古びた百葉箱の上に「それ」はいた。

人の形をしているが、境界線がぼやけていて、半透明だ。今の野蒜にははっきりと見える。

白蛇が言っていた、別の世界から染み出してきた「生物」。

ふと視線を校舎の屋上に移すと、逆光の中に別の影があった。それはグラウンドのものよりずっと濃く、野蒜をじっと、品定めするように見下ろしていた。

今まで見えていたモノ達よりずっと多くのモノがこちら側と重なっていたようだ。

野蒜はそっと、自分のポケットの中を探った。

そこには、三日間の旅で手に入れた「知識」が眠っている。


(みんな、二本目の動画を怖がりすぎなんだよ。あれは、ただの実験なのに)


野蒜は、昨夜アップした二本目の無音動画を思い返した。

あの中に映っているのは、野蒜が道で見つけた奇妙な模様。――それをなぞった直後、雲ひとつない快晴の空から、不自然なほど優しい雨が降り出した瞬間の記録だ。


「幽霊は、実は生物でした。……そして、魔法は実は科学、なのかな」


野蒜は小さく独り言をつぶやき、教科書を開いた。

世界はもう、隠すのをやめている。

そして野蒜もまた、その「ことわり」に触れ始めていた。

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