20話 託される子
野蒜は尋ねる。
「犠牲になった世界には人がいたんですか?」
『生き物がいない地球の姿であった』
「あ、そっか」
野蒜はほっと胸をなで下ろす。
思っていたよりも、ずっと素直に。
『そなたら生き物は地球の種』
『それが全滅する未来を地球は許容せぬ』
「種、ですか」
小さく頷く。
「じゃあ人が他の生き物を全滅させるような事をしたら?」
ほんの疑問だった。
『そなたらの世界は閉じるであろう』
え。
「閉じるってどう言う事ですか?」
『その世界はなくなると言う事だ』
野蒜は瞬きをする。
「……それ、結構アウトですね」
軽く言うが、目は逸らさない。
沈黙。
雲海がゆっくりと流れる。
『本題はそこではない』
『全滅させるような事をしなければ良い』
「はい」
素直に頷く。
『話を戻す』
白蛇の声が、深く静かに響く。
『世界は重なり続けている』
『完全に修復された世界は重なったままになるだろう』
『全ての生き物はその新しい世界で生きて行かねばならぬ』
『どうするかはその生き物が決める事』
野蒜は黙って聞いている。
『しかしこの世界の人々はあまりに脆弱だ』
眉がわずかに動く。
『しかしどの世界よりも人が多種多様な発展をしておる』
今度は少しだけ、誇らしげな空気。
『我は終わりの無い役目の中でこの世界を眺める事が楽しく思っていた』
「……意外です」
小さく笑う。
『そして星が落ち』
『我にも願いがある事に気付いた』
巨大な瞳が野蒜を映す。
『小さきものよ』
一瞬の間。
野蒜は胸を張る。
「これから大きくなります!」
強心臓である。
白蛇は少したじろぐ。
『……お、おおそうであるな』
白蛇の言葉が静かに落ちる。
『人の子よ』
『我の言葉を人に伝えてはくれぬか?』
野蒜は一瞬、きりっとした顔を作った。
「無理です!」
無駄にキメ顔だ。
白蛇はわずかに間を置く。
『何故そう思う』
「ただの女子高生には荷が重いです」
さらりと言う。
『そなたは小石だ』
『湖に投げ込まれ、やがて大きな波紋となろう』
野蒜は腕を組む。
ポケットの中の重みを思い出す。
スマホ。
「……動画とかならいけるかな」
ほとんど独り言だった。
「白蛇様、この機械で撮影するので、さっきの話をもう一回してもらえます?」
巨大な瞳がわずかに細められる。
『構わぬ』
『だが我の言葉は、聞く術を持たぬ者にはその小さき道具でも届かぬであろう』
「うーん……」
少し考える。
(あれ、なんか普通に協力する流れになってない?)
うーむ。
「まぁいいか」
野蒜は難しい事を考えない。
流れに乗るタイプである。
「とりあえず何か喋ってもらえます?」
『何を喋ればよいのだ?』
「今の一言でOKです」
『……?』
短い動画を確認する。
『何を喋ればよいのだ?』
ちゃんと聞こえている。
「聞こえてますよ?」
『それはそなただから聞こえるのだ』
野蒜はふむ、と頷く。
ここへ来たから。
道を通ったから。
“観測”できるから。
「なるほど」
少しだけ真面目な顔になる。
「じゃあ、もう一度お願いします。この機械で撮っている間に、最初から説明してください」
野蒜も色々考えた。
「私が説明するにしても、記録があった方が忘れないので」
白蛇はゆっくりと頷いた。
『承知した』
雲海が静まり返る。
そして白蛇は、世界が重なった理由、
地球の自衛機構、
落ちた星、
修復、
そして人が観測を失ったこと――
もう一度、語り始めた。
白蛇の語りがひと段落したところで、
野蒜はスマホを持ったまま小さく手を挙げた。
「はい、質問です」
『……何だ』
少し教師と生徒のような空気になる。
「世界の修復って、いつ始まって、いつ終わるんですか?」
白蛇は雲海の向こうを見た。
『修復はすでに始まっておる』
野蒜は目を瞬かせる。
「え、もう?」
『そなたが違和を感じ、星が落ち、世界が触れ合った時より始まっている』
スマホを握る手に、わずかに力が入る。
「じゃあ、本格的に重なるのは?」
白蛇はゆっくりと答える。
『具体は定まらぬ』
『だが目安ならば——』
巨大な尾が、空を円を描くように動く。
『この星が太陽の周りを一周するほどの時であろう』
「一年……」
思っていたより、近い。
野蒜は小さく息を吐く。
「じゃあ、修復が終わるのは?」
白蛇は少しだけ間を置いた。
『長い』
その一言に重みがある。
『千は回るであろう』
『この星が太陽の周りを』
野蒜は固まる。
「……千年?」
『うむ』
雲がゆっくりと流れる。
時間の感覚が、急に遠くなる。
野蒜はスマホを見つめながら呟く。
「スケールでか……」
白蛇は静かに続ける。
『修復とは調和である』
『急げば崩れる』
『それでもこの星からすれば些細な時間だ』
野蒜は小さく頷く。
インタビューはまだ続けられる。
聞きたいことは山ほどある。
「じゃあ——」
野蒜は心を落ち着けて本題にはいる。
「世界は、どう変わるんですか?」
白蛇の瞳が、わずかに光を宿した。
雲海がざわりと揺れる。




