表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/48

19話 尋ねる子

野蒜は、巨大な白蛇を見上げた。


「……あなたは、何者なんですか?」


問いは静かだった。

恐れよりも、知りたいという気持ちが勝っていた。


白蛇はゆっくりと身体をうねらせ、雲海の向こうへ視線を向ける。

その先――富士の山が眠る方角だった。


『人は、我に多くの名を与えた』


思念が、低く広がる。


『白蛇』

『神の使い』

『山の守り』

『水の主』


『富士の麓では』

『噴き上がる火と水を鎮める存在として』

『我に似たものが語られてきた』


野蒜の意識に、古い情景が流れ込む。

荒ぶる山。

祈る人々。

白い影。


『だが、我は神ではない』


白蛇は断言した。


『ただの獣でもない』


『我は、境に在るもの』


『世界と世界の狭間に生まれ』

『流れが乱れていないかを見続けてきた存在だ』

『しかしただの生物でもある』


「……境界の、番人?」


『そう呼ぶ者もいた』


『だが、名は本質ではない』


白蛇の視線が、野蒜に戻る。


『重要なのは』

『かつて、人が我等を見ていたという事実だ』


野蒜は、思わず息を呑む。


『特別な者だけではない』

『数は少なかったが』

『確かに、観測できる人々がいた』


『彼らは、目で見ていたのではない』

『耳で聞いていたのでもない』


『流れを、感じていた』


山の気配。

水の重さ。

空気の揺らぎ。


『それらが重なる場所に』

『我等は在った』


『人は、我等を「観測」していた』


『恐れる前に』

『祀る前に』

『名付ける前に』


『ただ、在るものとして』


白蛇の思念が、わずかに重くなる。


『だが、人は別の見方を選んだ』


『測る』

『分ける』

『固定する』


『便利で、強い見方だ』


『その代わり』

『流れを感じる術を、少しずつ手放した』


社が建ち、

伝説となり、

やがて物語へと変わる。


『我等は、遠ざかった』


『消えたのではない』


『見方を、忘れられただけだ』


野蒜は、胸の奥がじんとするのを感じた。


「……じゃあ、心霊現象って……」


白蛇は、ゆっくりと続ける。


『世界は、元より一つではなかった』


『同じ場所に』

『同じ形を持ちながら』

『重ならぬように在った』


『人の世界』

『我等の世界』

『選ばれなかった可能性の世界』


『それらは、薄く隔てられ』

『互いに干渉せぬよう、保たれていた』


野蒜の意識に、幾重にも重なる半透明の層が浮かぶ。


『稀に、境が薄くなる場所があった』


『山』

『水辺』

『古い道』


『そこで、人は見る』


『聞こえるはずのない声』

『在るはずのない影』


『それを、人は』


一拍置いて。


『心霊現象と呼んだ』


『だが、それは幻ではない』


『違う世界に在るモノが』

『誤って、見えてしまっただけだ』


『今までは』

『それも、極一部に過ぎなかった』


『見える者は稀で』

『触れられることなど、ほとんど無かった』


白蛇の思念が、深く沈む。


『だが』


『落ちた星が、境目をずらした』


あの夜の閃光。

光る粒子が空を満たした光景が、野蒜の脳裏に蘇る。


『地球は、生き物だ』


白蛇は静かに言った。


『意思を持ち』

『自らを守る機能を備えている』


『動けぬ星であるがゆえに』

『破壊の脅威から逃れることは出来ない』


『だから』

『存在を、幾つもの次元に分けた』


『隕石が降った時』


『すべてを守ることは出来なかった』


『一つの地球を犠牲にすることで』


『衝撃も』

『津波も』

『人の滅びも』

『回避された』


野蒜は、言葉を失う。


『だが』

『力の余波は残った』


『光る粒子』

『世界を繋ぐ歪み』


『違う次元に在ろうとも』

『地球の本質は、一つ』


『今までは』

『干渉できなかった世界が』


『今は』

『触れ合ってしまっている』


『幽霊』

『怪異』

『伝説の存在』


『それらが、増え始めた理由だ』


白蛇は、低く続けた。


『これから、修復が始まる』


『だが』

『元通りには、ならぬ』


『幾つかの世界は』

『そのまま、繋がり続けるだろう』


『違う歴史』

『違う選択』

『違う道を歩んだ世界が』


『同じ地平に立つ』


どうなるかは、分からない。

その不確かさだけが、はっきりと伝わってきた。


白蛇は、ゆっくりと身体を縮める。


『我は、この世界の人と共に在った』


『愚かで』

『矮小で』

『それでも、愛おしい』


『過ちを繰り返し』

『恐れに負け』

『それでも、前へ進もうとする存在だ』


『見捨てることは、出来なかった』


雲海の向こうで、

世界が、確かに重なり合い始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ